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16年ぶりに日本新!男子マラソン界に新しい光りをもたらした設楽悠太(後編)

2018 3/6 17:34きょういち
マラソン,ランナー,日の出
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「日本記録は確実と確信」

2月25日に行われた東京マラソン。31キロ付近で先頭集団から後れた設楽悠太(ホンダ)だったが、そこからじわじわと追い上げた。38キロ付近で日本人トップを走っていた井上大仁(MHPS)を抜き去り、ケニア選手2人もかわした。そして、40キロでこう思ったという。

「日本記録は確実にいけると確信して、1億円がよぎった」

設楽が思った「1億円」とは何なのか。

日本記録更新で報奨金ゲット

通常、マラソンのトップ選手は大会に出場して得られる「出場料」、順位に応じて得られる「賞金」、また世界記録や大会記録を更新して得られる「ボーナス」などを大会側からもらえるが、設楽が思った1億円は大会側からもらうものではない。社会人の陸上を統括する日本実業団陸上競技連合からの報奨金である。

この報奨金制度は2015年に創設された。すでに開催が決まっていた2020年東京五輪に向けて、低迷の続く男子マラソンを活性化させるための報奨金だった。創設から3年、ようやく1億円を手にする選手が現れた。

40キロを過ぎると、沿道から「1億円だぞ、ガンバレ」という声援も聞こえてきたという。最後は日本記録更新が微妙かと思われたが、母校・東洋大のテーマ「その1秒をけずりだせ」のごとく粘り続け、日本記録を5秒更新する2時間6分11秒でゴールした。そして、その場に倒れ込んだ。

「まだ1、2分は伸びる」

東京マラソンの翌日、1億円の目録が授与された。普段、喜怒哀楽を表に出さない設楽だが、「表情にはあまり出さないですけれど、心の中では半端ないくらいうれしい」と笑った。そして、「応援に来てくれた友人においしいご飯をごちそうしたい。両親には何が欲しいか聞いてみたい」と話した。

また、東京マラソンの10キロ付近から右ふくらはぎの痛みに襲われていたことも明かした。「検査しないとはっきり分からないけれど肉ってると思う」。「本当によくこの足が頑張ってくれた」。

今後については、昨年も走った9月のベルリン・マラソンに出場する予定という。記録については、「まだ1、2分は伸びる。2年後には2時間4、5分を目標にしたい」と語った。

これまでの日本式練習方法を覆す設楽流

16年ぶりに日本記録を更新した設楽だが、その練習方法は関係者を驚かせた。

日本の男子マラソンの練習方法は、世界で最も強かった1970年代から80年代にかけて確立された。男子マラソンを引っ張った瀬古利彦、宗兄弟の練習がベースになる。細かい違いがあるものの、共通しているのは、40キロ走を何本走ったのか、月間に何キロ走ったのか、ということを重視している点だ。つまり、長い距離を走り込むことに力点が置かれている。これは男子に限らず、女子も同じで、五輪金メダリストの高橋尚子、野口みずきも月に1,000キロ以上走り込むなど、その練習量が強さのベースだった。

しかし、設楽は違った。練習は最長30キロまで、いわゆる30キロ走までしか走らない。これは異例である。

「マラソンは30キロから」というのが、先人たちが言い続けた定説である。マラソンで苦しくなる、勝負になってくるのは30キロから。練習では40キロを走って、スタミナを養い、30キロ以降の苦しみに耐性をつくっていく。だから、40キロ走を何本走ったかが重要視されてきた。

ただ、設楽はこう言う。「僕は40キロ走をやる必要はない。走り込みとかは昔の話。もうそんな時代ではない」

練習方法も新たな時代に

実戦の多さも特徴だ。今年に入り、2週間に1度のペースでレースに出ていた。これは川内優輝(埼玉県庁)も同じだが、レースを練習代わりに調整している。これも、かつてのランナーからすれば異例だ。

設楽の快挙を喜ぶ日本陸連のマラソン強化戦略プロジェクトリーダー・瀬古利彦だが、この練習方法で結果を出されたことには複雑な思いがあるかもしれない。一昨年の福岡国際マラソンで川内優輝が結果を出したとき、川内は瀬古のかつての練習方法をまねて、70キロ走を行うなど、走り込みを重視した。その後、瀬古と話した時にこう言っていた。

「今の若い選手は効率ばかり重視するが、非科学的に見えても長い距離を走り込むことは重要。川内はそれをやってくれた」。

設楽はその真逆をいく練習で結果を出した。日本記録が16年ぶりに更新され、その練習方法も新たな時代に突入するかもしれない。