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全日本大学駅伝で異次元の走りを見せる外国人留学生選手

2017 9/13 14:03hiiragi
外国人ランナー
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4年連続区間賞初代大学駅伝留学生山梨学院大学ジョセフ・オツオリ選手

ジョセフ・オツオリ選手は1987年ケニアから来日、1988年山梨学院大学に入学した。
大学3大駅伝への出場は、丁度その年から11月開催に変更された1988年全日本大学駅伝20回大会からとなる。当時の1区15.1㎞を走り43分01秒の区間新記録で注目を集めた。1989年21回大会からは8区を任され1991年23回大会まで3年連続区間賞を獲得、山梨学院大学の上位入賞の原動力となった。
ジョセフ・オツオリ選手は、大学3大駅伝において4年間で10度区間賞を獲得している。あまりの強さに留学生を疑問視する声も出て、社会現象になったほどだ。

2区の区間新記録で優勝に貢献、日本大学ディラング・サイモン選手

日本大学は1970年1回大会からの出場校で、通算出場回数39回、優勝回数3回の強豪チームだ。
2回目の優勝となった2005年37回大会は、1区を6位と出遅れるものの2区でタスキを受けたケニアからの留学生ディラング・サイモン選手が異次元の走りを見せる。当時の区間新記録となる37分46秒で5人抜きを演じ首位に躍り出た。
この快走を受け、日本大学は3区以下一度も首位を譲らず優勝に輝いた。
ディラング・サイモン選手は2004年36回大会でも2区を走り区間賞を獲得、日本大学2位入賞の原動力となったが、2006年の箱根駅伝を最後に大学駅伝には姿を見せていない。

最終8区記録保持者、山梨学院大学メクボ・ジョブ・モグス選手

最終8区は19.7㎞と最も長く、各チームはここにエースを投入する。その8区で区間記録を持っているのが、ケニアからの留学生山梨学院大学のメクボ・ジョブ・モグス選手だ。
2005年37回大会で57分10秒の区間記録で11人抜きの快走を見せたかと思えば、2006年38回大会では56分31秒で走り11年ぶりに区間記録を更新する。
さらに2007年39回大会では自身の記録を約1分短縮する55分32秒で走り、山梨学院大学を13位からシード圏内の6位に導いた。
4年目となった2008年40回大会では4区を任され、ここでも区間新記録を達成した。

外国人選手2人をそろえ優勝、2009年41回大会日本大学

日本大学3回目の優勝となった2009年41回大会は、4区に新鋭ガンドゥ・ベンジャミン選手、8区に実績十分なギタウ・ダニエル選手とケニアからの留学生2人を配し優勝を飾った。
ガンドゥ・ベンジャミン選手は1年生ながら9位で受けたタスキを4位で渡し、ギタウ・ダニエル選手は3位で受けたタスキを優勝に導いた。
それぞれが区間賞の快走だったが、特にギタウ・ダニエル選手は2位以下が1時間を切れない中56分54秒と異次元の走りで周囲をあっと驚かせた。

逆転劇をうわまった走り、山梨学院大学のドミニク・ニャイロ選手

2016年48回大会は、最終8区49秒遅れの2位でタスキを受けた青山学院大学が1位の早稲田大学を逆転し、初優勝に輝いた。
チームの優勝争いとは別に個人で争われる区間賞は、3位に入賞した山梨学院大学のドミニク・ニャイロ選手だった。ドミニク・ニャイロ選手は2015年47回大会でも8区を走り区間賞を獲得している。
もともと身体能力の高い外国人留学生が、大学駅伝に出場することには反対の声がある。箱根駅伝では、走ることができるのは1名までと決められているが、全日本大学駅伝の場合開催要領では明記されていない。 ただし、関東学連、関西学連、九州学連の留学生出場実績校を擁する学連が予選会において1名と明記している。