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ボルト、最後の世界陸上へ(3) ~偉大なスプリンターを振り返る~

2017 8/1 12:22きょういち
ボルト
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なぜジャマイカ人は足が速いのか

 世界の短距離界を男女とも席巻するジャマイカの選手たち。カリブ海に浮かぶ人口約290万人の島国は、なぜ偉大なスプリンターを生み出すのだろう。

 2012年のジャマイカ選手権で、競技場を訪れたとき、大学の研究者が本を売っていた。その本の中には、奴隷貿易のことが書かれていた。

 大航海時代には奴隷貿易が行われ、西アフリカからジャマイカに大量の奴隷がやってきた。一口にアフリカといっても、東と西で部族のタイプは全く違う。長距離王国ケニアやエチオピアが東側にあるのに対し、瞬発力に秀で、サッカーや短距離でも強いナイジェリアやカメルーンは西側にある。つまり、スプリンターに適した部族がアフリカからジャマイカにやってきたとされる。

 その本にはさらに、当時の奴隷貿易の船の様子が書かれていた。

 環境は劣悪。天井も低く、寝た状態のまま奴隷が並べられて運ばれた様子が書かれていた。その本によると、酸素が不足し、多くの奴隷は酸欠で亡くなったのだという。さらに、衛生環境も悪いから、なかなか生きてたどり着けない。

 だから、生きてカリブ海の島にたどり着いた人間は運動能力が優れている、そして、そのDNAを受け継いでいるのだから、ジャマイカの選手は足が速い、というものである。

 その説が正しいかどうかは別にして、ジャマイカでは信じている人が多い話である。

戦闘部族の血を引く?

 遺伝子的なことで言えば、もう一つ話がある。

 ボルトが生まれ育ったトレローニー教区は、ジャマイカの首都キングストンから車で3時間余りの、山の中にある農村である。この地区から、多くのスプリンターが生まれている。

 先ほどの奴隷の話になるが、生きてジャマイカにたどり着いた奴隷の中で、特に戦闘能力に長けたものは支配から逃れ、山岳地や丘陵地に逃げ込んだ。そこでコロニーを形成し、英国と戦った。彼らのことを「マルーン」と呼ぶらしいのだが、奴隷の中でもさらに優秀なものが集まったのが、ボルトが生まれたトレローニー教区であると言われている。

 山に囲まれているので、あまり人が外に流出せず、運動能力がある者同士で子孫をつくってきたからさらに優秀なんだと、地元の人は語っていた。

 噓か本当か分からない話だが、確かに優秀なスプリンターが生まれる地なのではある。

陸上は日本の野球と同じ

 ジャマイカでは、陸上競技は人気スポーツの一つである。

 特に人気なのが、高校生の大会。通称「チャンプス」と言われるが、競技場は満員で、観客は熱狂する。日本で言えば、高校野球のようなものである。

 米国だったら、足が速ければアメリカンフットボールの選手になる場合も多い。その方が、大学にも進めるし、将来も多くの金を稼ぐことができるからである。欧州やアフリカなら、サッカーをやるのかもしれない。

 ジャマイカでは、陸上の人気が高いから、足が速ければ陸上をやる。かつては、足が速いジャマイカ人は米国に留学することもあったが、近年はジャマイカに残るのがほとんどだ。プーマなど、スポーツメーカーの契約もあるし、レースで勝てば賞金も出るので、陸上選手は人気の「職業」でもある。

 ジャマイカのそんな環境が、ボルトのような優秀なスプリンターをほかのスポーツに向かわせなかったのかしれない。もし、彼が米国にいたら、アメリカンフットボールの選手になり、今の100メートルの世界記録は生まれなかったかもしれない。

足首を固めて走るから速い

 では、なぜボルトは速いのか。単純に言えば、大きなストライドで、かつ、速いピッチを刻んでいるからだと言える。

 ボルトの身長は196センチ。ボルト出現前までは、スプリンターに適した身長は180センチ台半ばぐらいだと言われていた。

 あまり身長が大きくなると、体を俊敏にコントロール出来なくなり、スタートやピッチが遅くなるのが一つ。

 もう一つは足首の問題。スプリンターは足を地面にたたきつけ、地面から得られる反発力を推進力にして進んでいく。その時、たたきつける足首が軟らかいと、大きな反発力が得られない。

 身長が大きくなりすぎると、この足首がどうしても軟らかくなると言われていたが、ボルトは違った。足首を固めて、地面から反発を受けることができる。それが今までの大型スプリンターとの違いである。

 レース中、ボルトのストライドは、最大で3メートル近くになる。そのストライドは身長の大きさからくるだけではない。彼の「病気」もその速さの一因となっているのである。

(続く)

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