調子は85~90%
もともと冷静で、その学歴(広島の名門進学校、修道高校出身である)もあり、「クレバー」な印象がある山縣だが、普段よりも言葉を選ぶ理由がある。
3月のオーストラリアの大会で10秒0台を2回出したものの、右足首を痛めて、ふるさとの大会である4月の織田記念、所属先のセイコーの冠大会である5月のゴールデングランプリ川崎を欠場した。練習を再開したのは5月中旬で、日本選手権が復帰戦になるのだから、いつも以上に冷静になって当然である。
本人も、自身の調子をこう語っている。
「(状態は)85~90%」
ケガで不在の中、関西学院大の多田修平が追い風参考ながら9秒94、公認でも10秒08を出した。そんな中で焦りもあったようだ。
「ライバルの結果が気になっていた。なんで走れないのかと、もどかしかった」
先行逃げ切りで勝負
決して万全でない中、どういったレースプランを描くのだろう。山縣の答えは明確だった。
「先行逃げ切り。音が鳴った瞬間先頭を」
自分の特長を誰よりも分かっている。
山縣はスタートダッシュから飛び出す序盤型。強みは特にその反応時間の速さにある。リオデジャネイロ五輪男子100メートル準決勝では、出場選手中最速の0秒109で飛び出した。0秒100未満ではフライングになるから、驚異的だ。2008年北京五輪男子400メートルリレーのメダリストである朝原宣治氏の言葉を借りれば「神業」である。
銀メダルを獲得したリオ五輪では1走を務め、チームに勢いを与えた。朝原氏も「山縣君は1走としては世界トップクラス」と称賛していた。
そして、反応速度だけではなく、ダッシュ後の動きも他の追随を許さない。
男子400メートルの日本記録を持つ高野進氏は「忍者のよう」と表現した。躍動感があるというのではなく、足をスタスタと置いていく感じ。とにかく、その動きはほぼ完成されていて、再現性が高いから、いつ走っても好タイムを出す安定感がある。
ライバルからすれば先に飛び出されるのは脅威である。中盤以降の加速力では山縣に勝っていても、先に出られると動きが硬くなってしまい、自らの良さを消されてしまう。良さを消される、そのさいたる例が桐生だろう。そして、相手の良さを消す力を山県は持っている。だから、最近、桐生はなかなか山縣に勝てない。
中盤からの加速には課題も
もちろん、山縣にも課題はあって、NHKのインタビューにはこう答えている。
「中盤で加速していくところ、しっかりスピードに乗れれば」
9秒台をマークするのに必要な最高速度は、桐生ほどには速くはない。うまく中盤でうまく加速できないと、昨年の日本選手権のように後半型の選手、つまりはケンブリッジ飛鳥(ナイキ)に終盤で抜かれてしまうかもしれない。その二の舞いは避けたいだろう。
ケンブリッジの巻き返しは
昨年、日本選手権を初めて制し、一気にブレイクしたケンブリッジはなかなか公認記録で9秒台に近づけない。
今年は追い風5・1メートルの参考記録で9秒98をマークしたが、公認記録は10秒10が最高で、いまだに10秒0台にも突入していない。今大会注目の4選手の中では、自己ベストで最も劣っている。ケンブリッジの巻き返しはあるのだろうか。
(続く)