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【山本博】日本が世界に誇るアーチェリー選手、その軌跡と功績

2016 12/2 01:42
アーチェリー
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出典http://www.shikoku-np.co.jp/

アーチェリー界で「山本博」といえば、燦然と輝く功績の持ち主として有名な存在だ。 オリンピックでの成績や記録、指導者としての実績、アーチェリーという競技に果たした貢献度は、他の日本人選手の誰もが未だ到達できない境地にある。 そんな山本選手の功績を振り返ってみた。

競技人生のスタートと学生時代の功績

1962年生まれの山本博選手は神奈川県横浜市の出身。中学校時代アーチェリー部に加入することで競技人生をスタートさせる。 成長スピードが極めて早く、また貪欲に技術向上を求めた山本選手は、進学した横浜高校でインターハイ3連覇を果たした。
教員を志望していたこともあり、一浪して日本体育大学に進みアーチェリーを続行、 3年時の1984年に開催されたロサンゼルスオリンピックへ出場した。 五輪初出場にして銅メダルを獲得した山本選手は、一躍世界に知られるアーチェリー選手となる。 この日体大時代には、インカレで個人の4連覇という金字塔も打ち立てている。

教育者、指導者としてのキャリア

大学卒業後、母校の日体大で体育学部助手に就任した山本選手。その2年後にはソウルオリンピックへの出場も果たした。 1989年からは大宮開成高校の体育教諭に着任し、教員として職務の傍らアーチェリー部の顧問を務め、指導者として若い選手の育成に尽力。同校をインターハイ優勝に導いた功績を持つ。
大宮開成高校で約17年間教員として過ごし、その間に3度のオリンピックにも出場、2006年から日体大の女子短大部で助教授に就任した。 アーチェリー選手として国内外で活躍しながら助教授業もこなし、更に2011年からは弘前大学の大学院に入学して医学研究にも勤しむ。
2013年には日体大の教授に昇格、アーチェリー部の部長としてインカレ優勝に貢献した。 弘前大学大学院の医学研究科博士課程を2015年に修了、医学博士の学位を取得している。

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