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夢と感動と愛を与えた日本柔道界の偉人5人

2016 7/23 23:12
柔道
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リオ五輪で日本柔道を応援する柔道ファンの方へ。これまで日本柔道を引っ張ってきた柔道家についても知りたいという人も多いと思います。ここでは日本柔道の偉人5人をご紹介します。

柔道の父であり、柔道家に夢と希望を与えた嘉納治五郎

柔道は柔術の技を基礎に崩しの原理を取り入れ、修行面に加えて人間教育の手段であるとして柔道と名付け、1982年に嘉納治五郎が創始した武道です。嘉納は東京の永昌寺という寺の書院12畳を道場代わりとして、講道館を創設しました。嘉納は柔道を通じて心身を鍛えるだけでなく、精力善用、自他共栄の考えを身につけた人材を社会に輩出することで、社会を改革することができると信じていました。さらに教育者としても尽力し、東京高等師範学校(現筑波大)の校長などを務め、1909年には日本人初の国際オリンピック委員会の委員となるなどスポーツの振興に努めます。嘉納が作った柔道は世界中に普及しオリンピック競技となっただけでなく、修養につとめて人格を高める精神的な面も今に引き継がれれています。

柔道に最も愛され愛した男、山下泰裕

山下泰裕は日本柔道界最強の男と呼ばれるほど圧倒的な強さを誇った柔道家で、203連勝や外国人選手には生涯無敗(116勝無敗3引き分け)という大記録を打ち立て国民栄誉賞を受賞した日本の英雄です。1984年のロサンゼルスオリンピックでは金メダル、世界選手権でも4つの金メダルを獲得するなど、その成績は群を抜いています。現在も柔道やスポーツ関連の様々な役職についてその経験を後進に伝えています。

日本中が涙!ソウルで感動の金メダルを獲得した斉藤仁

斉藤仁は、山下泰裕の後輩としてライバルとして1984年のロサンゼルスオリンピックで金メダルを獲得するも、度重なる大怪我で苦しい時期を過ごしました。そして迎えた1998年のソウルオリンピック。地元・韓国に有利と思える不可解な判定もあって、6階級続けて金メダルを逃した日本でしたが、最後の砦、斉藤仁は準決勝で韓国の選手を撃破、決勝戦でも東ドイツの選手を破って金メダルを獲得。2連覇達成し日本柔道を救いました。金メダルを授与されて感極まった斉藤は涙。その姿に多くの国民が感動しました。

女子柔道家に多くの夢を与えた谷亮子

谷亮子は駆け引きがうまく、試合の組み立ても秀逸、素早くキレのある投げ技で他の選手を圧倒する選手でした。48kg級のオリンピックで2回、世界選手権で7回金メダルを獲得し、国民的スターに。オリンピック及び世界選手権では計9回も優勝、国内でも10年近く無敗で多くの女性柔道家の憧れの存在となりました。引退後は結婚し2人の子供をもうけ、さらに参議院議員になるなど、アクティブさは変わらず。柔道の指導者への待望論も多く今後の生き方にも注目したい人物です。

金メダルを母の遺影とともに受賞、日本中を感動させた井上康生

見た目と風貌から、いかにも柔道家らしい落ち着きと貫禄を兼ね備えた選手で、オリンピックは1回、世界選手権では3回金メダルに輝き、日本最強の柔道家の名をほしいままに。2000年シドニーオリンピックの男子100kg級で金メダルを取った際には前年にクモ膜下出血で急死した母の遺影を持って表彰台に立ち、大きな感動を呼びました。現在は全日本男子監督として日本の柔道界を率いています。

まとめ

ここでご紹介した柔道家は全員オリンピックで金メダルを獲得、さらに国民的なスターとなった選手ばかりです。しかし最近の日本の柔道選手には圧倒的な選手がおらず、新たなスターが求められています。今年のリオオリンピックでスター候補が現れるか注目です。

以上「夢と感動と愛を与えた日本柔道界の偉人5人」でした。

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