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中村三兄弟の三男・中村兼三が柔道界に残した功績を振り返る

2016 12/16 20:07
中村兼三,Ⓒゲッティイメージズ
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大学でも寝技を究める!兄弟3人でのオリンピックの悲願が達成

高校卒業後は、やはり兄と同じ東海大学へ。高校時代に徹底的に叩き込まれた寝技にさらに磨きをかける。
特に大きかったのは、出稽古に来ていた韓国のユン・ドンシクと組み手をした際、彼の独自の三角絞めを実際に受けたのだが、これにアレンジを加えて自分のオリジナルの三角絞めを開発したことだ。そしてこの三角絞めは、中村兼三さんの十八番として以降何度も自身を救うことになる。
大学では1年生の時点で結果が出ず、ややスランプ気味になってしまったが、2年生で武道館杯を制すと、それから全日本学生体重別選手権で優勝。3、4年生の時にもしっかりと結果を出し、特に4年生のユニバーシアードで優勝して以降は負けなしと絶好調を維持していた。
そしていよいよアトランタオリンピックが開催される1996年が近づいてくる。2人の兄は1993年の世界選手権でそろって優勝するなど、すでに十分な実績を積んでおり、兼三さんも大学4年生以降はほぼ負けなしの状態。
さらに、兄と同じ旭化成に入社した後にも、4月の全日本選抜柔道体重別大会で優勝し、無事に3人そろってオリンピックのメンバーに選ばれた。

波乱の中でつかんだ金メダル

アトランタオリンピックの大会本番では波乱が起こる。金メダル候補と言われていた小川直也や古賀稔彦、吉田秀彦、そして長男の佳央さんまで金メダルを逃し、重苦しい雰囲気が漂っていた。
しかし、兼三さん自身は大学時代からの連勝を37に伸ばすなど絶好調。年齢的にも23と若く、心・技・体すべてにおいて不安がない状態で臨んだ。
1?4回戦はすべて一本勝ちを収め、順当に決勝にコマを進めると、最後の相手は韓国の郭大成。開始2分で注意を取られ、ポイントでリードされるという苦しい展開だったが、何とか残り3秒のところで相手に注意が入り同ポイント。判定へと持ち込まれる。
3人の審判の判定は赤2本、白1本。この瞬間、中村兼三さんは全力でガッツポーズした。残り3秒からの大どんでん返しで見事金メダルに輝いたのだ。
3人兄弟の中で一番センスがないと言われていた男が、2人の兄がなしえなかった金メダルを獲得したのだ(ちなみに次男の行成さんは銀メダルを獲得している)。

引退後はコーチへ。今年からは男子柔道界をビシビシ鍛える

オリンピックの後も、1997年には世界選手権で優勝、全日本体重別選手権で3連覇するなどの活躍を見せ、シドニーオリンピックへ出場する。
しかし、やはりアトランタの時が選手としてピークだったのか、4回戦で敗退してしまいメダル獲得ならず。その後もアテネオリンピックを目指して現役を続行し、2003年にはフランス国際で優勝するなど存在感を見せるが、メンバーの選考に漏れてしまい引退を発表す。
その後は旭化成柔道部のコーチや全日本ジュニア、全日本シニアの専任コーチを務めていたが、2016年9月には全日本の男子強化副委員長に就任。監督の井上康生さん、委員長の金野潤さんらとともに、男子柔道界を強化していく。東京オリンピックでのメダルラッシュに期待していきたいところだ。

まとめ

3人兄弟の中でもっともセンスがないと言われながら、寝技という自分の生きる道を見出し、そしてそれを極めて見事に金メダルを獲得した中村兼三さん。 真摯に柔道に取り組んできた結果だろう。その姿勢は私たちも見習いたいところだ。

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