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インタビュー

【SPAIAインタビュー:第14回】

海洋冒険家 白石康次郎~世の中を明るく元気にするため、全てを懸けて挑戦する

その他


© 2017 SPAIA

高校を卒業後、単独世界一周レースで優勝を果たした故多田雄幸氏に弟子入りした白石康次郎さん。26歳の時に、当時史上最年少記録となるヨットでの単独無寄港無補給世界一周を達成。数々のレースに参戦し、昨年11月には最も過酷な単独世界一周ヨットレース「ヴァンデ・グローブ」にアジア人として初出場を果たしました。現在50歳にして、レースに挑戦する情熱について、じっくりとお話を聞きました。

【ゲスト】

海洋冒険家

白石康次郎

1967年5月8日生まれ、東京都出身。神奈川県立三崎水産高等学校専攻科卒業。
1986年、第1回単独世界一周レース(BOCレース)優勝の故多田雄幸氏に弟子入りし、修行を積む。
1994年、ヨットによる単独無寄港無補給世界一周をし、当時26歳で史上最年少記録を出す。また数々のヨットレースやアドベンチャーレースでも活躍。
2006年、単独世界一周ヨットレース「ファイブ・オーシャンズ」クラスⅠ(60フィート)に参戦し、2位という歴史的快挙を遂げる。
2016年、最も過酷と言われる単独世界一周ヨットレース「ヴァンデ・グローブ」にアジア人として初出場を果たす。

■純粋に今見ている海を越えてみたいと思った

――職業“海洋冒険家”は、世界で白石さんしかいません。

白石:そもそも、海洋冒険をしてお金をもらえるっていうことはなくて。だから、この職業になりたいとかではなく、僕のやっていることをどうやって表現しようかと考えた結果“海洋冒険家”になったんです。
本当はオーシャンレーサーとか、オーシャンナビゲーターのほうがいいかなと思うんだけど、分かりにくいでしょう。でも、かっこいいから将来使おうかな(笑)。

――大きなレースは2年、4年に1回のペースで行われています。実際、日々の活動はどのようなものでしょうか。

白石:「どうやって食べているんですか?」ってよく聞かれます(笑)。やはり、レースを行っている中で、ありがたいことに年間でスポンサーについてくれる企業がいる。あとは、冒険してきた経験を話す講演会、テレビ出演、ヨットを使用したイベントなど、実は色々活動しているんです。

――海を冒険したいという壮大な目標を持ったきっかけはどこにあったのでしょう。

白石:冒険家を目指したことは、はっきり言ってないんです。子供のころは海育ちで、そのとき純粋に、この海を越えて世界一周してみたいと思った。でも、なぜ思ったかは、分からない。

面白いのは、得意だからやろうと思ったわけではないところ。やってみたら不得意だった。ヨット操作が上手いかっていったら下手だし、船酔いが30年間治らない。よっぽど趣味でやっているゴルフのほうが上手いですよ(笑)。

ところが僕はヨットが好きだった。で、その道を行ったんだけど苦手だった。それでもここまでやり続けたということは、本当に好きだったんだろうなと。
もう一ついうと、いつ辞めても良かったんです。要するに、人に頼まれたり、人の指示でやってるんじゃなくて、自らの意志で動いたっていうこと。だから、何があっても文句はない。純粋な気持ちで海と向き合えていることが、強さかもしれません。

――高校を卒業した後は、単独世界一周レース(BOCレース)で優勝した故・多田雄幸氏に弟子入りしました。

白石:テレビで特集をしていて、ヨットでこんなレースがあって日本人が優勝している。それが多田さんだった。
ヨットのイメージは、石原裕次郎さんや加山雄三さんなど、お金持ちが乗るものだと思っていました。でも多田さんは、タクシー運転手をしながらヨットレースに参戦していた。そのことは、本当に希望を与えてくれた。お金持ちしかできないんだっていうのが、多田さんのおかげで全部取れて、「俺だって何とかできるかもしれない」と感じられました。

あと、優勝して日本に帰ってきたときに「優勝なんてグリコのおまけだ」って。なかなか言えないよね。そんな“只者じゃない”多田さんの大きさを感じて、弟子入りしたいって。
いまだに覚えている、東京駅だよ!地下の電話ボックスに電話帳があって。それで調べたら「多田雄幸」って本当に書いてあったんだよね。それをメモして、何十回も電話をかけて、そして会うことができた。

白石康次郎氏

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■”生死を問わず一生懸命戦う”、その想いに賛同してくれた

――世界一周を自分一人で航海しないといけないレースに挑んでいる中で、普段はどのようなトレーニングを積んでいるのでしょうか。

白石:ヨットに乗る自体がトレーニングだからね。あと、空いた時間にトレーニングするんだけど、難しいのは体を壊さないこと。これが非常に難しいことで、若いときはガンガンやっても回復力はあるんだけど、やっぱり落ちている。だから体を完全に疲れさせない、ケガをしないということに、シフトしていっている。トレーニングよりメンテナンスに力が入っているかな。

あともう一つ大切なのは、自分の体力を正確に把握すること。昔は、イメージ通り体が動いていて、1メートル飛ぼうと思えば、きちんと飛べていた。だけど、そのイメージがあっても年老いていけば体力は衰えるから、実際は80センチしか飛べてないってことになると僕の場合は大変で、最悪海に落ちることがある。だからこそ過信しないで、今の自分の肉体を客観的に冷静に分析しています。

――今年の5月に50歳になられました。やはり体力の衰えなど感じることもありますか。

白石:42、3の時に、いつものトレーニングを2~3日おきにしていたら、すごく調子が悪くて……同級生の医者に診てもらったら「病名教えてやる。年っていうんだよ」と(笑)。でもパワーは変わらないから、いまだにベンチプレス100キロを挙げられる。ただ、2日で回復していたのが、4日かかるようになりました。その変化を、トレーニングを通して定点観測することが大切になってきています。

――昨年は、30年間目標にしてきた単独無寄港世界一周レース「ヴァンデ・グローブ」にアジア人として初めて出場しました。船の購入資金や出場を手にするまで、どのような苦労がありましたか。

白石:日本でヨットレースっていうのはマイナーで「ヴァンデ・グローブ」っていわれても誰も知らなかったですね。しかも完走率は50パーセント。これだけリスクの高いものに、お金を出してもらうっていうのは大変でした。
しかし、長年付き合いのある「テイケイ」「八海山」など、8社がスポンサーとして名乗りを上げてくれ、本当に感謝しました。

――スポンサーはなぜ出資したのでしょう。

白石:だから「何でこんなにリスクが高くて、莫大なお金が必要なレースに出資してくれたんですか?」って率直に企業に聞いたんです。そうしたら、ほぼ全企業が同じ答えで「康ちゃん、人柄だよ」って。
なぜかというと、企画書に儲け話が一つも書いてないんです。「1億円ください、1億2000万円にして返します」というものではなく、投資をしたからって利益は得られない。

僕にできることは“生死を問わず一生懸命戦う”こと。その想いに賛同してくれた人たちが集まってくれました。大きな大会、ヨット好きとか、そういったことも確かにあるかもしれないけど、根本は何かっていったら“人柄”でした。

これはとても大きな学びでした。今って仕事をするうえで、マーケティングや営業方法など、テクニック論ばかり。そうじゃなくて人柄を上げたらって。人柄は性格、考え方を学ぶことが重要だと、今回レースに出ることができて改めて感じました。

メインスポンサー「テイケイ」の会長が「康ちゃん、やっと分かった。70いくつにして分かった。性格が仕事をする」って。“成績が仕事をするわけじゃなくて、性格が仕事をする”。やっぱり人なんだよね。

■負けても腐らない姿勢を子供たちに伝えていきたい

――資金が集まり船を購入し、夢のレースに出場することができました。

白石:結論からいうと、マストを折って途中リタイア、コテンパンにやられましたね。
ただそれまでは、まあいろいろトラブルはあるんだけど、それは想定の範囲内で、すごくいい状態でした。船も良くて、モチベーションも素晴らしくて、どんどん順位が上がって7、8位まで行けると僕もクルーも手ごたえを感じていました。本当に思い通りにきていて、必ず完走するって全員が思っていたし、誰も疑わなかった。
ところが、マストが自然にパーンと折れた、何かトラブルを抱えていたわけではなく突然。長年ヨットに乗っているけど、マストが折れたのは今回が初めてでした。

白石康次郎氏

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――マストが折れてリタイアを決められて、一番近くの港、南アフリカ共和国のケープタウンに向かわれました。その時はどのような心境でしたか。

白石:やはり応援してくださったみなさんに申し訳ないという気持ちでいっぱいでした。ただ、まず安全にこの船を帰さなきゃいけないという意味では、マストが折れた場所は最高の位置で、気象状況も良かった。徐々に嵐が収まってきて、マストを自分で直して帰れる範囲。本当に残念でしたが、命は失わなかった。それは幸運なことでした。

今まで世界3周しているけど、その中でも最高のチーム。いいスポンサー企業にも巡りあえて、全てが最高の中でレースに挑めたけど……それでも駄目だった。それに気づかされたことも大きな経験でした。

――帰国後は、スポンサー企業や支援してくださった方に報告会を行いました。

白石:謝るしかない。だってお金もらっちゃって、返すことができないんだから。言い訳をしないで、謝ることに集中する、僕にできることはそれだけです。
報告会を行ったのも、なぜリタイアをしたか正確に伝える義務がありました。どんなに恥かいても、なじられたとしても、大きなお金を出資してくれたスポンサーから逃げ回らない。これが僕にできることです。

“負けても腐らない”、それを子供たちに伝えていきたい。言い訳をしないでそういう態度を示せば、誰も責めたりなんかしないで応援してくれる。結果うんぬんじゃなく、その人の態度をみんな見ている。
非常に難しいことだけど、負けたら頬っぺたの筋肉を動かして、笑うんですよ。誰だってそんな時には、笑いたくはないです。でも敗北に負けちゃ駄目、それでムスッとされたら気を遣わせて、誰も近寄ってこなくなります。

――今までも子供や若者たちに様々な活動を通して“挑戦”すること大切さなどを伝えていますね。

白石:まずは広い世界を見てほしいんです。でも、嵐が無いなんて一言もいってなくて、どこの世界も試練があるんです。挑戦して成功するか失敗するかは分からない、でも挑戦をしないことが、一番駄目です。

最近は、多くの大人は“挑戦”しろというけど、失敗したら怒る人もいる。そしたら、子供たちは、当然成功する事以外はやらなくなってしまう。それじゃ発展できない、成功だけ、勝ちだけ欲しいって無いよ。負けたら正々堂々と誠意をもって謝って、笑って次に向かってチャレンジする、それを今回見せられた。
で、結果どうなったか。誰も支援者は悪口をいわない。応援者も逃げないで、もっと増えた。そして、これでもし新艇が手に入ったら、今回の失敗は無駄じゃなくて、失敗したから新艇が手に入ったっていえる。それを子供たちに証明したいし、それを目指して頑張っているんだよね。

――最後に今後の目標・夢を教えてください。

白石:もちろん2020年に開催されるヴァンデ・グローブに出場し、アジア人として初完走を目指します。しかし、今回よりも厳しいものになります。参加者が増えることになり、来年から予選レースが始まる予定です。そこでポイントを獲得していかないと、出場すら叶いません。今は作戦考えている段階です。

あと、何のためにヨットレースをやっているかというと「世の中を明るく元気にしたい」からです。それが僕の人生の中で一番大きいこと。どうすれば、その力になれるかなと思ったら、やっぱりヨットレースに出場して、勇猛果敢に世界へ挑戦していく姿を見せることが、僕にできることだと思っています。
ヴァンデ・グローブに出場するため、全てを懸けて挑みます。

白石康次郎氏

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(取材・文: 太田弘樹 / 写真:山上忠)

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