中編では、ビッグデータ分析や映像技術など、テクノロジーとスポーツの関係を中心にお話をお伺いし、野球の新しい価値や可能性を探りました。
■スポーツ動画サービスと放映権ビジネスの実態
金島:今回はまずパフォームについてお伺いしたいと思います。
イギリスのパフォームという会社がDAZN(ダゾーン)という動画配信サービスで、10年間で2100億円、Jリーグから放映権を買ったと。ファンである僕は衝撃を受けました。動画とスポーツの距離が近くなれば、日々スポーツに触れ合うことが多くなるなと感じたんです。パ・リーグ、あるいはプロ野球全体でそういった放映権、非常に大きな収益権などのメディア検討の動きや戦略は出てくるのでしょうか。
根岸:僕の個人的な考えでは、大きな収益を得ることは当然ビジネスとして重要です。一方でスポーツの特性を考えると、客単価×人数だった時に、どちらかというと人数を大きくしていく方に行きたい。
ビジネスなので収益が大事なんですが、同時にその収益が最終的にどこから来ているかというと、当然ファンの皆様から頂いているお金です。それを投資として先にやるのか、後から結果として回収するのか。ビジネスなのでどっちからやってもいいと思います。パ・リーグとしては収益だけじゃなく、新しいファンを増やすための施策も重要だと思っているので、そのバランスのどこに重きを置くかというのを常に考えながらやっています。
金島:パ・リーグTVも見させていただいているんですが、僕が驚いたのは動画を見ている最中に広告が一切入っていない。それは意図的に入れていらっしゃらないんですか?
根岸:うーん。うまくいってないだけです(笑)ネットワーク広告とかだと正直何が出てくるかわからないところがあったりするので。それよりも今は露出拡大の優先順位を高くして、その結果によっては、そろそろ広告をまわしてもいいのかなとは思いながらも、まずは広がりを先にというのが現状ですね。VOD(ビデオ・オン・デマンド(Video On Demand))だとパ・リーグTVの年間再生回数が2億回以上あります。
金島:そのあたりは石井さんが近い将来の夢と仰っていましたが、JWBLも放映権などの取り組みを進めていこうと考えていらっしゃるのでしょうか。
石井:結論から行くと、ちょうどこのインタビュー時に公開したのですが9月18日の試合からスポナビライブで配信が始まります。交渉に交渉を重ねて実現しました!
金島:それはすごいですね!交渉には時間がかかると思いますし、僕は売り手と買い手が逆になることがありそうな気がしますがその辺りはいかがでしょうか。要は立場の弱い団体やリーグだと、放映権を本来もらう側なのに、払う側になってしまうと思います。
石井:その通りですね。買い側と売り側の交渉の問題なのでかなりの時間をかけて交渉が必要になります。実は、かつて地方テレビに対してお金を払って枠を買って放映していたという時代もありますが、それは長年続けられないので、やはり放映権をいただくということになります。実はそこでの交渉でも、アジアを中心に放映権のビジネスを展開するという方針は、やはり非常に重要になってきます。当然この放映権のビジネスというのは国境を越えないと大きなビジネスに成長しないので、海外のマーケットまで考えている女子プロ野球をどう評価いただくかというところでいくと、少しは影響があったんじゃないかなと思います。
■ファンが球団を選ぶ、エンターテインメントとしてのスポーツ
金島:ありがとうございます。あと二つご質問したいと思います。
これから球団経営に携わりたいという若い次世代の経営者も出てくると思うのですが、面白みを感じるところ、逆に困難や苦労を感じることを教えてもらえますか?

▲ad:tech tokyo 2016に参加中の根岸氏
根岸:まず、球団経営の一番の面白みは、各球団が持っている中小企業の売上くらいでしかないと思うんですが、そのわりに事業ドメインがすごく多岐に渡ってますね。BtoBもあればBtoCもある、飲食もやればチケットも売るし、グッズも売るし、オリジナルのグッズも作るし。そういう意味では、中小企業規模なのに事業のドメインが広いということが、僕は面白いです。
一方、最も大変だと思うことは、アンコントローラブルな領域が多いこと。何かというと、例えば評判のいい選手を集めたからといって必ずしも優勝できないので、自分の球団の勝敗は予測しにくいですし、じゃあ今度はビジネス面において、ものすごくお金もかけて、ものすごく時間もかけてイベントを立案して実行したとしても、当日雨が降ったら中止で終わるということもあります。そういった意味ですごくアンコントローラブルな領域が多いのが、苦労の最も大きいところだと思っています。
金島:なるほど。
根岸:そうはいっても実は、僕個人としては他のビジネスとあんまり変わらないと思っているんですね。シンプルにいうと、普通のビジネスとなにも変わりなくて、じゃあ誰がお客様で、何の価値提供しているのかっていうのを究極的に考えて行動し続けることが大切だと思っています。
金島:そういう意味ではディズニーランドなどのエンターテインメント事業と近いと言えるのかもしれませんね。
根岸:まあそうですね。そういうエンターテインメント業界としては、比べるのはおこがましいですけど、すごくベンチマークになると思います。ただ、ディズニーランドさんと敢えて違うところをいうと、設備の投資の部分です。
テーマパークの設備投資に対するROIは比較的はかりやすい。野球の場合には、それが良いか悪いかは置いといて、投資するとしたら比較的選手のほうにいきますよね。選手の場合は当たり外れがアンコントローラブルなので、そこが面白くもあり難しくもあるところですね。
僕の個人的な考え方では、そこも含めて経営者やリーダーの意思決定次第だと思ってます。さすがにファンも毎年優勝できるとは思わないですよね。いや、思うかもしれないけど(笑)
でも、優勝を目指すプロセスの中でいろんな方向性があって、それをもっと明確に出すほうがエンターテインメントとしては面白そうですよね。たとえば、うちはもうピッチャー無視してバッターばっかり揃えるんだとか。あるいはうちは野球のコンテンツしか見せないとか、そう言い切るのも僕はありだと思うんです。結果としてファンに選んでいただけるコンテンツになればいいと思います。
金島:球団を選ぶのはファンだと。
根岸:はい、僕らはあくまでもファンの皆さまありきなので。そういう意味では普通のビジネスとあまり変わらないと思っています。
金島:僕はアンコントローラブルなもののひとつにMLBがありそうな気がするんですね。野茂選手から今回目玉になっている大谷選手までものすごい商品価値があると思うんです。要は自分の会社に勤めていて、最も収益を出してくれる人材が違う業界にいってしまうみたいな感覚に近いと思うんです。その辺はアンコントローラブルなことですか?
根岸:僕はそれも経営者の意思決定次第と思っています。優秀な人が抜かれるということは会社だけでいったら痛いのは当たり前ですが、一方でそれなら自分の会社(球団)そのものの価値をあげればいいという見方もありますし、更に言うとそれだけ優秀な人を育てた価値という意味合いもあります。
それは球団なのかリーグ全体なのかわからないですが、考え方次第。抜かれるのを最初からわかっていて流動性があるものとして考えるかどうかも、経営者次第ですね。それも含めてスポーツだと思います。
■スポーツビジネス特有の、麻薬のような面白さ
金島:JWBLの場合はまだ7年ということもあり、本当にベンチャー企業に近いですね。出来上がっているビジネスモデルがあるというより、やれること、やりたいことが色々できるのかなと思いますが、石井さんにとって面白みや苦労はありますか?
石井:アーリーステージならではの雑多感が大好きで、非常におもしろいです。やっぱりどうにでも発展できる、どういう夢を描くこともできる。成長スピードの速さも面白みです。スポーツビジネス特有の麻薬のような面白さがありますね。人の喜怒哀楽に直接関わることができるビジネスって実はありそうでないんですよね。自分たちの手がけるビジネスでファンが歓喜したり、あるいは泣いたり。金返せ!と怒ったファンがまた翌日球場に来ていたりもします。こんな商売はなかなかない。
日本は成熟国家、規模の経済では中国やインドに勝てなくなってくる中で、今や何千億とか何百万台売れたって言ってもインパクトがない。じゃあ何で社会インパクトを出すのかというと、実はスポーツって数字的な経済効果は小さくても、非常に社会的なインパクトが強いんですね。広島の優勝が社会現象になるくらいなので。こういうスポーツビジネスならではの面白みを、より多くの人に入ってきてもらって、同じように感じてもらいたい。
金島:これからJWBLもパ・リーグも魅力的なコンテンツとして出来上がってきていますがまだやることも多いと思います。ベンチャーとしてみたときに経営者ではなく若い人たちがそこに勤めたいと思ったら、扉は開くものですか?
石井:それはそうですね、もちろん。恵まれた環境ではないですし、お給料も厳しいところはあると思いますが、とにかく色んな経験ができる。我々の成長の早さと、ここに来ていただいた人材そのものの成長の早さとイコールになるのではないかと思います。
金島:野村総研さんから転職されて1年目になると思いますが、思っていた以上に苦労している点はありますか?

▲ad:tech tokyo 2016に参加中の石井氏
石井:想定以上の苦労はないですが、スポーツビジネスは実はビジネスモデルがひとつではないんです。BtoBとBtoCの部分がありますし、それぞれも放映権やスポンサーシップなど別々のビジネスモデルがさらに組みあわさっている。先程根岸さんがおっしゃっていたようにまさに複合型ビジネスモデルなので、それぞれについてある程度詳しくなることが必要なのですが、これがなかなか若い人には難しいですね。 しかもそれらを別々に走らせるわけにもいかず、最後はファンエクスペリエンスとして統合しないといけないので、そこの難しさもあります。実は各担当者がちゃんとチームワークをもたないとゲーム当日はバラバラの動きになってしまう。 たとえば、当日行うファンサービスと持ってきたスポンサーがあまりにも違うと、やっぱりファンからするとちぐはぐ感があると思いますし、スポンサーに擦り寄ったようなイベントばかりやると、今度はファンがつまらなくなってしまうので、最終的にファンのエクスペリエンスを最大化させるのは、言うのは簡単ですが実際にやるのは難しいですね。
■テクノロジーが創る、日本の野球の未来
金島:ありがとうございます。では最後の質問です。
テクノロジーの進化、ITとスポーツと連動してきていると思います。お二人は日本の野球の未来について、希望的な事も含めてどういうことが見えてきているのか、あるいはどういう未来が望ましいのか、ビジョンはありますか?
根岸:プロ野球ってどうしてもコンサバティブに見られがちだと思うんです。時代環境の変化、特にテクノロジーの変化に応じていく、それによってファンに新しい価値提供の仕組みをつくっていきたいと、僕は強く思います。プロ野球の観戦市場は今日本で最大ですので、そこで活用しているテクノロジーを他の競技にも横展開していくことをやっていきたいですし、そうすることによって日本の社会全体をもっとスポーツで盛り上げていきたいです。
一方で、日本の会社に所属する日本人としては、日本の素晴らしいテクノロジーを使って欧米のスポーツ市場の大きいところに対して、コンテンツを提供するだけではなく、テクノロジーを展開していきたいと思っています。
金島:コンテンツではなくテクノロジーなんですね?
根岸:コンテンツが提供できれば一番いいですが、仮に日本のプロ野球をアメリカでやったとしても、「誰が見てくれる?」というのは言うまでもなく現実的な問題としてあります。ただ、同じアジアであれば戦えると思います。それはエリアによってやることを変えればいいだけの話。アメリカに野球のカテゴリーでビジネスをするのであれば、という前提の話です。
金島:石井さんはいかがですか?
石井:そうですね、やっぱり野球の未来でいくと、サッカーと違って世界でまだまだ実施している国が少ないことが、むしろチャンスだと思っています。もちろんMLBもアメリカ中心で優れたビジネスモデルを構築したとは思うんですが、日本を頂点とした、アジアの人にも楽しんでもらえるビジネスモデルは、女子野球が作れる可能性がまだまだあると思いますし、男子の野球でも作り得ると思います。
ある意味、世界的に野球大国といわれている日本の野球という資源をどうアジアに活かしていくかの発想が大事だと思いますし、そこにITがなぜ必要かというと、実はITは国境を越えるのが簡単なんですね。そこで新たなマーケットを創造していくには、ITは欠かせないパートナーだと思います。
金島:石井さんはJWBLという日本の最強の女子プロ野球がMLBのような形で基盤化されて、世界の頂点に立ちたいという壮大なビジョンを持ってらっしゃいますが、その辺は目標として何年くらいで見てらっしゃるのか、個人的に大変興味を持っています。
石井:根拠はないですが、まず5年と位置づけてます。これは日本のスポーツ産業という持続的な産業を考えたときに、東京2020という一過性のイベントではない、オリンピックによらないビジネスモデルを日本がいくつか仕込んでおくのが、非常に重要だと思っています。その観点においても、こういったことをやっていくのは大事だと思っています。
あとがき
後編では、スポーツビジネスの面白さや苦労、そしてテクノロジーとスポーツの未来についてお伺いしました。
3回に分けてお届けした「プロ野球 × テクノロジー × ファンとのコミュニケーション」でしたが、まさに今最先端のスポーツビジネスにかかわるお二人のお話を通して、スポーツビジネスとしての野球の新たな可能性を見ることができました。
インタビューにご協力いただきました根岸さん、石井さん、どうもありがとうございました。