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【スポーツ ? テクノロジー:第3回】

MIZUNO『よい走り』の追求から生まれたランニングフォーム診断システム「F.O.R.M.」

陸上

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今回はランニングフォーム診断システム「F.O.R.M.」をご紹介いたします。

走る姿の映像からフォームを点数化し、良いところ悪いところを指摘してもらえるシステムとサービスとのこと。ミズノ淀屋橋店にて実際に体験しながら、どのような仕組みとなっていて、どんな技術が使われているのかをお聞きしてきました。

【お話を聞かせてくださった方】

ミズノ株式会社 研究開発部 センシングソリューション研究開発課

研究員

渡辺良信

・1995年入社

・入社後~2004年デザイン部にて、主にインドア系、ラケットスポーツ系のシューズデザイン開発を担当。福原愛選手やバド小椋選手などのシューズも担当

・2004年から研究開発部、アパレル、シューズに応用できる皮膚伸びシミュレーション技術[DynamotionFit]確立

・ジェンダーエンジニアリングの研究、ランニングフォームの研究、ウエアラブルデバイスの研究開発 に従事

・趣味:自転車、テニス、旅

 

ミズノ スポーツサービス株式会社 スポーツウエルネス営業部 スポーツウエルネス営業課

ランニングステーション淀屋橋 支配人

中嶋南紀

・大阪体育大学大学院修了 2014年入社

・入社後は、プログラム営業課に配属し、ミズノランニングステーションの責任者として、F.O.R.M.診断、ランニングイベント、パーソナルトレーニングなどランニングに関わるイベントを担当

・未経験ランナーを2ヶ月でフルマラソン完走や年間300回を越えるランニング指導

・趣味:マラソン観戦など

■まずは「F.O.R.M.」を体験

今回は、実際に走って体験してみるとどうなるか、からスタートです。

弊社アルバイトのかほちゃんに、「F.O.R.M.」の測定を体験してもらいます。中学生の時は陸上部で中・長距離を走っていたとのこと。部活をしていた頃は走る形が前のめり・疲れるとより前傾になるので胸を開いて走ったほうがよい、といった指摘を受けていたそうです。
どういう測定結果になるのか、そしてどういう仕組みで走りを測定するのかリポートしていきます。

ランニング ▲がんばります!!!

走る前に測定の準備を行います。
まずマラソン歴などの基本情報をシートに記入して、測定のためのマーカーを身に付けます。

ランニング

渡辺: これは反射マーカーです。光を受けて反射するので、それ(反射光)をあのカメラでとらえます。モーションキャプチャーというシステムです。
関節角度がどうなっているか、速度がどうなっているかなどを評価していきます。

このマーカーを、ランナーの身体の右側6箇所(肩・肘・手首・腰・膝・足首)に取り付けます。

ランニング

測定の準備が整いました。ではトレッドミルに乗って走ります!

ランニング ▲渡辺さん「とりあえず1時間位走ろか」

走っている状態を、室内にある2台のカメラで撮影します。 走る速度はランナーの経験や状態に合わせて無理のないペースに調整していただけます。

ランニング

あっという間に撮影終了!
実際に走っている時間は5分くらいでした。
この映像からランニングフォームの情報を取得して計算します。

――測定のために走るのは、こんなに短い時間でいいんですか。

渡辺:実際は10秒程度しか撮らないんです。たくさん撮ってもいいんですけど、その分解析に時間がかかります。

と、お話ししている間にフォームの計算も終わりました。この時間もあっという間でした。

ランニング ▲計算終了後の画面。XYZの座標別の数字が表示されていますが、編集部メンバーには内容がまったくわかりません。

渡辺:ランニングマシン上のランナーが走る辺りに、事前にキャリブレーションといって三次元の空間を作る準備をしておくんです。
そうするとXYZの座標空間ができて、どういう風にマーカーが動いたか数字を吐き出します。

1秒間に120コマ撮っています。ですので、この画面で全部で10秒なので1201コマですね。
この情報を三次元にします。 

ランニング ▲点が身体に付けていたマーカーを表す。赤・緑・ピンク・黄色の線が、各マーカーをつないだ線。
ランニング ▲上記のラインを実際に走っている姿に重ねた状態。

この計算が終わった後の画像の中から、ランニングフォームの診断においてのポイント(着地時・加重時・離地時・膝下角最大時)の画像をピックアップして取り込み、診断結果を作成します。
診断結果が出ると、アドバイザーの方から現状の走りについての説明と改善ポイントをフィードバックしてもらえます。

ランニング

中嶋:総合評価が65.3点で平均点まであと少しのところにいますね。一般ランナーの平均点は70点なんです。 極端に問題があるわけではないです。
ただ、細かく見ると、診断シートの中で赤字と黒字で分かれています。赤字の部分「Swing」、足の回転が問題ですよ、ということです。ここを治していけばよいということになります。

ランニング ▲総合評価の点数とともに、Safety(身体への負担)、Posture(ランニング姿勢)、Relax(リラックス)、Ride(乗り込み)、Swing(足の動き)など個別の項目で点数とアドバイスが出る。

中嶋:Posture(ランニング姿勢)とRelax(リラックス)は上半身、Ride(乗り込み)とSwing(足の動き)は下半身の動きを表しています。

足の回転というは足首の部分です。ちょっと地面を蹴り過ぎてしまっているので、蹴るのではなくタッチして上げるような感じにするとか。 そのためには実は上半身も少し影響していて、ちょっと前に振っているので、肩が閉まっているので開いてあげるとだいぶ良くなってくるかなと思います。

これをトレーニングとして解決してく為には、こちら(診断結果のシート)に書いてあるようなトレーニングをしていただけると良いです。

――走りの結果で出てくるアドバイスは変わってくるんですか。

中嶋:はい。弱点によって内容が変わります。

ランニング ▲上段が測定したランナー、下段が理想的な走りの姿。比較してみると一目瞭然で姿勢や動きの違いが分かる。

中嶋:これ以外にも、フルマラソンを走った場合の予測タイムや、1分間の歩数(ピッチ)、1歩で進む距離(ストライド)などの結果も出ます。
お薦めシューズやグッズも出るので、初心者で何をそろえればよいかわからない方の参考にしていただけますよ。

中嶋さんのお話では、まったく走りの経験のない本当の初心者の方もいらっしゃることも多いそうです。

測定コースはベーシックコース(30分)とプレミアムコース(60分)の2つがあり、プレミアムコースでは計測後にマンツーマンでフォーム改善して再度走りを撮影します。改善前と改善後の映像も見せてもらえるそうです。

走ってみたいけれどどうすればいいかわからない初心者には、無理のない走りを知ることができる心強いサービスだと思いました。

 

■『よい走り』の研究から「走りを変化させるサービス」ができるまで

――そもそもこのシステムを開発するに至ったきっかけはどのようなことだったのでしょうか。

渡辺:2010年から2012年頃に、ジェンダーエンジニアリング(男女異設計)で男女の走りの違いを研究していました。その研究をやっているうちに、そもそも男女別々に特徴のある『よい走り』があることに行きついて、じゃあそれを定義しようとなったのがきっかけです。 最初は「『よい走り』とはなんだ?」を分析するためだけに研究ベースで始めて、商業ベースにしたのはもうちょっと後からですね。

――現在は計測によって日々データの蓄積がなされているかと思いますが、その当時は走りのデータはなかったのではないですか。

渡辺:なかったです。外部・内部の被験者を数十人、お願いして集めていました。

ランニング

――『よい走り』はどのように定義されたのでしょうか。

渡辺:基本的に『よい走り』の根本のところは大学の先生に聞いているんです。
大学の先生も数十人いらっしゃいます。スポーツバイオメカニクスの観点で人の走りを分析されている先生方、あとはランナーをコーチングされてきて良い悪いなどの評価をされている先生方に、良い悪いをお聞きし、それを数値化し教師データとしました。
更にこれを、効率のよい走りかどうかをバイオメカニクスの視点で分析し理論を構築しています。

教師データに対して、我々が被験者から収集した50~60人の走りのデータを当てはめて、被験者データが教師データのどこに当たるのかを結び付けていきます。 そうすると、走りの中でよいとされている視点では「このタイミングのここ情報が大事だよ」ということが統計処理で出てくるんですね。この統計処理によって得点化します。

そして得点化されたものに対して、今度は一般の方の走りを当てはめると「この人は○点です」ということが出るという仕組みです。

――最初に研究されていた2010年から何年もかけてその仕組みを作り上げてきたということですね。

渡辺:そうですね。まず基礎研究、そのロジックを作るのに1年半くらいかけてやりました。 その過程で「せっかくならサービスにしよう」と更に1年かけて、こういうシステム・ソフトウェアを作っていくことになったのが、研究から製品化までです。

――開発の過程で印象に残っていることありますか。

渡辺:大学の先生にヒアリングをしに行くときに、かなり上のクラスの先生の所に行くんですが、先生と対峙すると緊張感があるんですよ。(笑)
今からヒアリングをしますという時、無言でこっちの話を聞いてらっしゃってね。「どうしよう!!」というバツの悪さのなか、やり取りをしてました。本当に日本のトップクラス、重鎮の先生ばっかりなんですけどもね。

ランニング

渡辺:あと、このシステム自体が初めての考え方のものだったので。我々は特許も取って学会発表もしましたが、そういう風に新たに築きあげるところですね。

サービスとしてもゼロからでしたね。この仕組みをサービスとして運用してもらうのに、彼ら(中嶋さん)にすごい苦労してもらっているんですよ。 我々は物売りのメーカーだったので、サービスを売るという部分のノウハウがなくて、中嶋くんに協力してもらって助かりました。

中嶋:そうですね。最初は渡辺さんと相談しながらですけども、基本的には現場のほうで形にしていきました。

――例えばお客様がきて、計測するまでのステップやどういう風にフィードバックするか、という部分ですよね。

中嶋:はい。まず挨拶して、簡単にカウンセリングをしてお悩みを聞き出します。その悩みを解決してほしいというランナーの方がほとんどなので、悩みとフォームを連動させるところにはだいぶ力を注ぎました。

渡辺:数字としていろんな情報が出てきますけども、その数字の説明やランナーへのコーチング視点でのアドバイスなどは現場のノウハウなので、そこはやっぱり苦労してもらった所です。

――このシステムができる前には類似のサービスはされていなかったのでしょうか。

中嶋:1対多数はあったんですけど、マンツーマンでのこういうサービスはなかったです。我々としても客観的な数字で出るシステムというのが初めてで、逆に新鮮で、指導しやすい部分と難しかった部分がありました。

――どういう点が指導しやすくなりましたか。

中嶋:自信をもって悪いところは悪い、よいところはよいと言えること。それから説得力が増すのでお客様に信じて納得してもらいやすいところです。実際の走りの映像も出ますので、「私こういう走りをしてたんだ」とわかりますし。

ランニング

――逆にサービスを始めてみて、難しかったところはどのようなところですか。

中嶋:やっぱり、いろんな人がいることですね。(笑)
本当に走ることが初めての方からトップランナーの方まで幅広く受けに来られるので、それに一つずつ答えていくことは難しかったですね。

――ここに来られるお客様は、初心者のアマチュアの方から大きな大会に出られるような実力ある方まで、幅広くいらっしゃるんですね。

中嶋:そうですね。実業団の選手の方もたまにいらっしゃいます。

――ちなみに、以前シャフトオプティマイザーのお話を伺った際、ゴルフでは一度測ったスイングのクセはそうそう変わらないとのことでしたが、ランニングフォームの場合はどうなんでしょうか。

中嶋:変わりますね。リピートで来ていただいている方も徐々に点数がよくなっていって、走るのが楽になったとお声がけもいただきます。

――ランニングの場合は、意識してフォームを変えていくことが可能ということですね。

中嶋:はい。

■これからも研究は続く

――製品化されてからはお客様のデータは蓄積されているのですよね。教師データもどんどん変わっていくんですか?

渡辺:教師データは当面増やしたりすることは現状考えておりません。(ユーザーの)データとしてはいっぱい溜まっているので、それはまた次のビッグデータの解析としてやっている途中です。

――筑波大・阪大との共同研究もされておられましたね。「スキルグルーピング」など聞きなれない言葉も見かけたんですけども。

渡辺:はい。
その共同研究はここで取ったデータも含めて、全国から集めたデータを使っているんです。人工知能を使ってデータを分析して、この人たちはこういう風に走る、こんな走り方をしている人は何時間台で走る、ということがわかるような仕組みを研究しました。

――まだまだこの走りの研究や開発は続くいていくのでしょうか。

渡辺:「F.O.R.M.」のシステムやソフトとしては、一旦これで完成です。
現在はここで蓄積されたデータを使っての研究を進めています。ですので、この研究を更に次の技術革新へと生かしていきます。

ランニング

渡辺様、中嶋様、取材へのご協力ありがとうございました。

 

■取材後記
手軽にできるスポーツとして人気のあるランニングやマラソン。最近は街中で走るジョガーを見かけることも当たり前のようになってきました。ただ、人の走る姿はよく見かけても、自分自身の走る姿を見る機会はありませんよね。

「F.O.R.M.」を体験したかほちゃんも自分の走る姿を見るのは初めて。画像や数値で具体的な指摘を受けると、言葉だけの説明よりも良い点・悪い点の理解がしやすかったそうです。

渡辺さんのお話の中では、モノを売るモデルからサービスを提供するモデルを生み出す過程をご説明頂いたところが印象的でした。1回目のスイングトレーサーでの鳴尾さんのお話とリンクする部分も感じました。

ミズノ社の研究者の方々が、時代の変化を少し先取りしながら研究・開発されていて、提供する商品やサービスも今の時代に合わせた内容へ変化させておられることがわかるお話でした。

これからも研究が続くとのことで、また新しい技術やサービスが生まれることをとても楽しみにしております。

【参考情報】
ランニングフォーム診断は全国6箇所で実施しています。ご興味のある方は下記のミズノHPをご確認ください。お手軽なベーシックコースと、専門的なアドバイスをもらえるプレミアムコースが選べます。

ミズノランニングフォーム診断システム「F.O.R.M.」
http://www.mizuno.jp/running/runningform/


(取材・文・写真:SPAIA編集部)

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