レスリング選手へのみちのり
1978年生まれの浜口京子選手。世界レベルのレスリング選手は幼少期からレスリングを始めることが珍しくない中、中学生まで水泳をしていた。
幼少期は元プロレスラーの父を応援しに行ったりし、プロレスに憧れていた時期もあったそうだが、14歳からレスリングを始めた。父親の経営する道場で、プロレスラー志願の男性に混じり、レスリングの練習をしていたそうだ。そこから努力し、数々のメダルを獲得するようになった。
Ⓒゲッティイメージズ
「気合いだ!気合いだ!気合いだ!」と父の応援に応えるかのように国際大会でも素晴らしい成績を残している浜口京子さん。レスリング時代から現在に至るまでの浜口京子さんを紐解いていく。
1978年生まれの浜口京子選手。世界レベルのレスリング選手は幼少期からレスリングを始めることが珍しくない中、中学生まで水泳をしていた。
幼少期は元プロレスラーの父を応援しに行ったりし、プロレスに憧れていた時期もあったそうだが、14歳からレスリングを始めた。父親の経営する道場で、プロレスラー志願の男性に混じり、レスリングの練習をしていたそうだ。そこから努力し、数々のメダルを獲得するようになった。
1996年に70kg級で全日本選手権初優勝を果たし、そこから全日本選手権大会の優勝が2007年までの連覇に加え、2009年2010年と獲得し、通算16回というすごさ。この記録は全日本選手権の優勝回数でも1位に輝いている。
また、世界選手権でも1997年に初優勝を飾り、そこから4回の優勝を果たし、アジア大会やアジア選手権でも何度も金メダルを獲得している。もちろんオリンピックにも出場して、アテネと北京で惜しくも銅メダルを獲得。輝かしい成績を残している。
テレビで浜口京子選手を見かけると、必ず隣にいる父親のアニマル浜口さん。「気合いだー!」と、叫んでる姿を知らない人の方が少ないのでは?
この父は、浜口京子さんを勝手にボディビルダーの大会に申込みをして大会に送りこんでしまうという奇想天外な方。その大会では予選敗退も最年少で賞をもらえ、結果的に浜口京子選手に自信をつけさせ、その後も惜しみなくサポートしている。
浜口京子選手も、
「たとえ離れることがあっても、心の中ではいつも一緒」
出典: Wikipedia
と述べるほど父の存在は大きいようだ。
輝かしい成績を収めていた浜口京子選手だが、37歳の時に、階級変更の難しさで全日本選手権大会を欠場することと、立ち止まってみたいとの理由による休止宣言をブログにて発表した。
引退のようにも聞こえるが、本人いわく休止ということを強く主張し、
「正直、引退の言葉は私の中で見つからない。再び試合に出場出来るときが訪れば、その際も今まで試合に挑んできたように納得のいくまでコンデイションを整えチャレンジさせて戴きます」
出典: 日本レスリング協会公式サイト
と記されていた。
レスリングでは姿を見ることがなくなって残念だが、レスリングの姿と現実のキャラクターのギャップで、バラエティに引っ張りだこの浜口京子さん。アツい父のアニマル浜口さんと一緒に出演されている姿もよく見かける。
心はとっても乙女で、恋にも奥手で恋バナにもしどろもどろ。加えて発言も天然キャラクター炸裂。父親にも優しい態度で、応援したくなるような純粋さもテレビから伝わってくる。その姿に心打たれる視聴者も多いのでは?
前述のとおり、数々の輝かしい成績を残し、レスリングの大会でいつも目立っていた浜口京子選手。その姿は今のところオアズケだが、テレビでの活躍を楽しみに、応援していこう。今後の選手復活にも期待だ。