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海外でプレーした日本人バレーボール選手

2016 10/12 03:34
バレーボール、試合
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Photo by Pal2iyawit / Shutterstock.com

野球やサッカーの世界で国内でトッププレーヤーになった選手たちは、海外へと戦いの場を移すことが珍しくない。 高いレベルで戦いたいという思いは、トップアスリートなら誰しもが持っていることだろう。 今回はバレーボールの世界で海外に戦いの場を移した選手を紹介する。

日本人初のセリエAプレーヤー”加藤陽一”

2002年、男子バレーボール日本代表のエースだった加藤陽一は、世界最高峰のリーグであるセリエA(イタリア)へ移籍する。当時、ナショナルチームに選ばれるにはVリーグか大学所属選手という規定があったため、加藤陽一の対応は快く思われていなかった。イタリアでも日本バレーの認識は低く、”ベンチを温めに来た日本人”と揶揄されていた。
しかし、加藤陽一はイタリアで結果を出し、オールスターにも出場するほどの成果をあげたのだ。 イタリアで結果を残した加藤陽一は、ギリシヤ、フランス、再びイタリアと数々のチームに移籍してチームに貢献する。そこで、日本バレーボール協会は、日本代表の選考基準からVリーグか大学所属選手に限るという条項を削除したのだ。このようなことから、日本バレーボール界において加藤陽一が海外移籍のパイオニアと言ってもいいだろう。

トルコリーグへ移籍した”木村沙織”

高校生の時から注目を浴び、”スーパー女子高生”としてブレイクした木村沙織も、海外でプレーした経験を持っている。2012年のロンドン・オリンピック終了後にトルコのワクフバンク・テュルクテレコムへ移籍したのだ。トルコでの年俸は1億円だったようだ。プロ野球の世界では1億円プレーヤーはゴロゴロしているが、現在、バレーボールの日本人選手では国内には1億円プレーヤーは存在していない。
ワクフバンク・テュルクテレコムで木村沙織はスタメンフル出場していたわけではなく、要所で活躍してリーグ制覇を含めた三冠を達成する。その後、同じトルコのガラタサライへ移籍し、2014年に日本へ戻ってきている。

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