バレーボールにおけるセンターの役割とは?
センターは日本代表ではミドルブロッカーと呼ばれることが多い。それは、バレーボールでセンターの役割は主にブロックだからだ。センターは相手の速攻やオープン攻撃に対応できるだけの判断力、瞬発力、そして高さが必要になってくる。また、攻撃時は速攻が中心となり、非常に速い動きが必要とされている。
そして、後衛になった時はリベロとポジションを変わることがほとんどだ。逆に、サーブ権が相手チームにある際に前衛のセッターなど低身長の選手と交代し、ワンポイントブロッカーとして起用されることもある。
歴代最長身!”大竹秀之”
日本代表で歴代最長身は大竹秀之氏(以下敬称略)だ。大竹は、なんと208センチの身長を誇り、世界と同じ目線でバレーボールをしていた。法政大学時代の2つ後輩には、同じく日本代表で活躍した青山繁氏も在籍していた。1988年のソウル・オリンピック後に大学生ながら日本代表入りし、1992年のバルセロナ・オリンピック出場を果たしている。
引退後の大竹はコーチとして実績を残し、北京オリンピックにも出場を果たしている。また、娘である大竹里歩さんは日本代表にも選ばれている。残念ながらリオ・オリンピックには出場できなかったが、2020年の東京オリンピックでのメンバー入りを期待したい。
タレントとしても有名!”川合俊一”
現在、日本で一番有名な元男子バレーボール選手とも言えるのが川合俊一さんだ。現在はタレントとして活躍しているが、もともとはバレーボール日本代表のセンタープレーヤーだったのだ。
川合俊一氏は大学時代から注目されており、日本体育大学で元日本代表の森田淳悟氏に指導されながら日本代表に選出され、森田淳悟氏直伝の一人時間差攻撃などを武器に世界の舞台で活躍する。1984年のロサンゼルス・オリンピック、1988年のソウル・オリンピックと2度のオリンピックにも出場している。
インドアバレーを引退した後は、ビーチバレーに舞台を移して活躍した。その後はスポーツキャスターを務めながらタレント活動も行い、湘南ベルマーレのビーチバレーボールチームの代表も務めている。
一人時間差の生みの親!”森田淳悟”
日本バレーボールの歴史に残る試合として必ずと言っていいほど”ミュンヘンの奇跡”が挙げられる。この”ミュンヘンの奇跡”は1972年のミュンヘン・オリンピックで当時最強のソ連を決勝戦で下した試合のことだが、その時のセンタープレーヤーが森田淳悟氏(以下敬称略)だった。
森田は193センチの長身を活かしたブロック、そして攻撃的なサーブが武器だった。ブロックは世界でも有名で、”フジヤマブロック”とも呼ばれていたのだ。そして、森田は今では当たり前になっている”一人時間差攻撃”を生み出した張本人でもある。一人時間差は、アタッカーがクイックを打つタイミングで踏み切り、ジャンプはせずワンテンポ追いてからジャンプをするもので、ブロックが外れることが多い攻撃だ。
また、引退後はコーチとして川合俊一を指導している。
まとめ
センターはブロックや速攻が中心となってくるので、スーパーエースと比べると露出は少ないかもしれない。しかし、試合では大事な役割を担っているのだ。
リオ・オリンピックでバレーボールに興味を持った方は、次回はセンターに注目してみてはいかがだろうか。攻守に大活躍してくれる。