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男子バレー日本代表を彩ってきた名セッターを紹介!

2016 10/12 03:34
男子バレー セッター
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Photo by Ververidis Vasilis/Shutterstock.com

リオオリンピックの出場権は逃がしたが、徐々に復活の兆しが見えつつある男子バレーの名セッターにはどんな選手がいたのか、知りたい人も多いと思う。 今回は、過去の日本代表の名セッターを紹介する。

世界一のセッター!"猫田勝敏"

日本の歴代セッターの中でも間違いなくトップの実績を残したのが猫田勝敏氏だ。1964年の東京オリンピックから4大会連続で選手として出場し、金メダルも獲得している。当時世界一のセッターの名を欲しいままにして、相手の選手からも警戒されていた。
その頭脳的なトスワークから、電子頭脳を持つのでは?と疑われるほどの天才ぶりで、天井サーブを生み出すなど戦略家の一面も持ち合わせていた。今でもレジェンドと評される天才プレイヤーなのだ。

指導者としても活躍!"古川靖志"

古川靖志氏は、1979年に藤沢商業高校の選手として出場した春の高校バレーで優勝して、一躍注目を集めた。その後は順天堂大学に進み、大学3年生の時に日本代表に選ばれ、同年の世界選手権の代表にも選出された。
翌1983年にアジア選手権でベスト6に選ばれる大活躍を見せ、セッターとして注目の的となる。大学卒業後は日本銅管に就職し、実業団選手としても実績を重ね、ロサンゼルスオリンピックに出場した。 その後も活躍を続け、引退後も仙台ベルフィーユのコーチを務めるなど、指導者としても活躍している。

現女子代表の監督!"眞鍋政義"

現在の女子日本代表の監督を務めている眞鍋政義氏は、現役時代はセッターとして活躍していた。 大阪商大高校入学後にセッターに転身してからメキメキと頭角を現し、早速インターハイで優勝を飾るなど、華麗なバレーボール人生がスタートする。
そのまま大阪商大に進学した後、関西の主要なタイトルを総なめにする。その活躍が認められて、神戸ユニバーシアードに選手として出場し、その年に日本代表にも選出された。 1988年にはソウルオリンピックに出場し、頭脳的なセッター技術で日本のチームを牽引。後期は選手兼監督としても活躍していた。

現代のスター選手!"深津英臣"

パナソニック・パンサーズの深津英臣選手は、現在も現役としてプレーしているが、すでにレジェンドと称されるほどの活躍が光る選手だ。3人兄弟の末っ子として生まれたが、2人の兄はいずれもセッターという、筋金入りのセッター一族なのだ。
2011年の全日本インカレで優勝し、ベストセッター賞を獲得して注目を集める。当時はまだ日本代表とは縁のない選手だったが、2013年にパナソニック・パンサーズに入団すると、その直後に日本代表に選出された。その年に出場したユニバーシアードで好成績を収め、ベストセッター賞を獲得。その後も、2015年のアジア選手権で同じくベストセッター賞を獲得するなど、アジアレベルではトップクラスの選手として活躍しているのだ。

まとめ

セッターはわりと背丈が低いという印象があるかもしれないが、深津英臣選手のように長身のセッターも増えてきている。 かつての猫田勝敏選手のような世界一のセッターが誕生することを期待したい。

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