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あの名勝負を振り返る!男子バレー日本代表屈指の名勝負2選!

2016 10/12 03:34
男子バレー 北京オリンピック 植田監督
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Photo by Ververidis Vasilis/Shutterstock.com

男子バレー往年の日本代表の名勝負、振り返ってみるのはどうだろうか。 今回は歴史に残る2つの名勝負を紹介する。

いまだ語り継がれる伝説の試合 その1

男子バレーの名勝負といえば、やっぱり1972年ミュンヘンオリンピック、準決勝のブルガリア戦だ。セットカウント0-2という絶体絶命の状態から見事な大逆転勝利を果たし、その勢いのまま決勝で東ドイツを破り金メダルを獲得した。あまりにも劇的な勝利にいまだ「ミュンヘンの奇跡」と語り継がれている。
当時の日本チームを率いていたのは松平康隆監督。1964年の東京オリンピックではコーチとして銅メダル、1968年のメキシコオリンピックでは監督としてチームを銀メダルに導いた実績のある監督だ。ここまで銅→銀と来ていたため、ミュンヘンでは金メダルを待望されていた。ここまで順調に勝ち上がり、日本中が注目する中いよいよ迎えた準決勝だった。
試合は一方的な展開から始まった。相手チームのエース、ズラタノフにセンターからのクイックを次々に決められ、あっという間に0-2に。しかし、松平監督は落ち着いて選手たちにこう言う。「あと2時間コートに立っていろ。そしたらお前たちは勝っている」と。

いまだ語り継がれる伝説の試合 その2

当時の松平ジャパンの武器は、徹底的なデータバレーと鍛え抜かれた守備力だった。当時の日本国内では9人制バレーが主流。そのためほとんど守備をしない選手も珍しくなかったのだが、オリンピックの6人制バレーではそうはいかない。
そこで松平監督はエースの南将之選手を中心に、徹底的に守備力を鍛え上げてきた。この試合で落ち着いていられたのも、相手のスパイクにきっちりと対応できるだけの守備力があると自信を持っていたからだ。
そして試合は監督の思惑通りに動いていく。第3セットから選手を交代し、守備を鍛え上げてきた選手たちを投入。相手の攻撃を何とかしのぎ、ここからリズムをつかんでいくと、そのまま第3セット・第4セットを15-9で取り返す。
そして迎えた勝負の第5セット、一時は3-9と6ポイントリードされるも、ここで再び選手交代。ベテランの猫田勝敏選手がセッターに入ると、トスで相手を翻弄して3連続でポイントを獲得。
流れをつかんだ日本はその勢いのまま一気に逆転し、15-12で最終セットを取り、見事な大逆転で決勝へと駒を進めるのだ。試合時間は3時間15分、第2セット終了から約2時間の逆転劇だった。

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