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力を尽くしたバレー名選手~NECレッドロケッツのリーグ初制覇のために~

2016 10/3 15:52
バレー
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攻守に高い技術を誇るセンター

サイドアタッカーの佐藤伊知子選手と同期で1987年にNEC入りした杉山明美選手は、東海大学在籍時に出場した神戸ユニバーシアードでも佐藤選手とともに活躍、優勝に貢献しました。速攻や移動攻撃、一人時間差といったオフェンス面に加え、ブロック、レシーブの技術にも定評のあるセンタープレーヤーです。
NEC加入の1年目からセンターのレギュラーを掴み、リーグ初優勝の原動力となりました。このシーズンで杉山選手はスパイク賞とベスト6を受賞しています。
日本リーグがVリーグと改名され、NECレッドロケッツとして臨んだ1994/95シーズン以降も、不動のセンターとしてチームを支えました。そして、Vリーグでの初優勝となった1996/97シーズンの終了をもって現役引退を表明。同期の佐藤選手が20代でコートを離れた一方、杉山選手はNECで息の長い現役生活を送りました。

2人のオリンピック銀メダリスト

1984年のロスオリンピック女子バレーでアメリカは初めてファイナリストとなり銀メダルを獲得、世界の強豪国として名をあげました。この大会に出場した2人のアメリカ人選手が、その後NECでプレーしています。スーザン・ウッドストラ選手とローズ・メジャーズ選手です。
ウッドストラ選手はカリフォルニア州の出身。南カリフォルニア大学で将来を嘱望されるバレーボール選手でした。アメリカ代表としてロスオリンピックに出場後、日本へ渡りNECの一員となりました。1984/85シーズンから5シーズンにわたりゼッケン2を背負ってプレー。ポジションは主にライトですが、レフトもできる器用さを備えていました。
テキサス州出身のメジャーズ選手は、1984年当時まだ24歳と若い選手でした。ウッドストラ選手とともにNECへ入部すると、すぐにセンターのレギュラーを獲得、190cmの長身を活かしたパワフルなプレーで活躍します。NECが初優勝した1987/88シーズンにメジャーズ選手はリーグMVP、ブロック賞、ベスト6を受賞、その後もチームに欠かせない戦力として名を連ねました。NEC在籍最終年の1989/90シーズンでは、退団したウッドストラ選手がつけていたゼッケン2を背負ってプレーしています。

まとめ

ここに挙げた選手たち以外も含めた全員の努力があって、NECはリーグを制覇し、現在の強豪チームとしての基盤を創り上げました。 時には応援するチームの歴史を振り返ってみるのも良いかもしれませんね。

以上「NECレッドロケッツのリーグ初制覇に力を尽くしたバレー名選手」でした。

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