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力を尽くしたバレー名選手~NECレッドロケッツのリーグ初制覇のために~

2016 10/3 15:52
バレー
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Photo by Filipe Frazao / Shutterstock.com

VプレミアリーグのNECレッドロケッツに興味を持つ方々へ。今や押しも押されぬ強豪チームのNECですが、創部から10年という歳月を費やした日本リーグ初制覇について知りたいと思いませんか?ここではNEC悲願の初優勝に貢献し、ファンから応援された名選手達を振り返ります。

「小さな大エース」ここにあり

NECレッドロケッツの創部は1978年。「NEC女子バレーボール部」として初年度に実業団リーグを優勝、翌年の日本リーグ(現在のVプレミアリーグ)昇格を果たしました。以降、現在に至るまでリーグ戦だけでも優勝6回、準優勝が4回と輝かしい実績を誇り、さらに一度も降格をしていないという名門チームです。それだけに優秀な選手たちが数多く在籍してきた歴史があります。
そんなNECが日本リーグを初制覇したのは1987/88シーズン。この時主将としてチームをまとめたのが山下美弥子選手です。新潟県出身の山下選手は六日町女子高校(現在の新潟県立八海高校)を卒業した1981年に入部、現役を引退する1992年までNEC一筋でプレーしました。主将としては1986/87シーズンから4年間にわたって務めあげています。
ポジションはレフト。163cmと決して上背がある選手ではないにもかかわらず、最大到達点3mという驚異のジャンプ力とパワー溢れるスパイクを持ち「小さな大エース」と呼ばれました。 NECが初優勝を飾った第21回日本リーグではレシーブ賞とベスト6を獲得しました。1988年からは全日本メンバーにも選出されソウルオリンピックに出場、4位入賞に貢献しています。晩年は膝に深刻な故障を抱えながら、諦めずに戦うその闘志に多くの人々が感銘を受けました。

リーグ初制覇と新人賞、ベスト6を同時受賞した万能アタッカー

日本リーグでNECが初優勝した1987/88シーズンに新人賞とベスト6を獲得したのが、当時22歳の佐藤伊知子選手です。宮城県仙台市出身の佐藤選手は、聖和学園吉田高校3年時に国体出場、東北福祉大学4年時には神戸ユニバーシアードのメンバーとして日本に優勝をもたらした実績があります。同年から全日本メンバーにも選出され、ソウル、バルセロナと2度のオリンピックや世界選手権などを戦いました。
NECには1987年から所属、1年目から抜群の働きでチームに貢献しました。この時のNECは、ライトにロスオリンピックの銀メダリストであるスーザン・ウッドストラ選手、レフトに主将の山下美弥子選手、そして左右をこなせる佐藤選手と非常にレベルの高いサイドアタッカーを擁していました。それがリーグ優勝を成し遂げた一因ともいえるでしょう。 山下選手から主将を受け継いだ佐藤選手は、日本リーグを4位で終えた1992/93シーズンを最後に現役を引退するまでNECで活躍しました。

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