ウィンブルドンで生まれたもうひとつの歴史的シーン
2019年のウィンブルドンは、ロジャー・フェデラー(スイス)とノヴァク・ジョコヴィッチ(セルビア)による5時間に迫る大激闘の末、ジョコヴィッチの優勝で幕を閉じた。この決勝戦は大会史上最長記録を更新し、ウィンブルドンの歴史的な試合となった。
この試合から1週間前の7月7日、ウィンブルドンでもうひとつ歴史的な瞬間があった。英国が誇る男子選手アンディ・マリー(英国)と、史上最強の女子選手との呼び声が高いセリーナ・ウィリアムズ(米国)による混合ダブルスペアが実現したのだ。このことの意味はふたつある。世界屈指の実績を持つ現役選手2人によるペアが実現したこと、そしマリーが再びウィンブルドンでテニスをプレーする喜びを取り戻したということだ。
BIG4の一翼を担うも、怪我に苦しむ
マリーはフェデラー、ジョコヴィッチ、そしてラファエル・ナダル(スペイン)とともに“BIG4”と呼ばれ、十年以上にわたり男子シングルスのトップを争い続けてきた。ツアー通算48勝、グランドスラムではウィンブルドンで2回(2013、16年)、全米で1度(2012年)優勝し、オリンピックでは男子シングルス連覇、国別対抗戦デビスカップでも優勝した偉大な選手だ。
ATPランキングでもNo.1に輝いたこともある彼のキャリアが下降線をたどり始めたのが、2017年からだ。シーズン初頭から股関節の故障に悩まされ、ウィンブルドンで準々決勝敗退に終わるとそのままシーズンを終えた。翌18年1月には故障箇所の手術を受け、6月にはコートに復帰したものの負傷の影響は残り、このシーズンも9月にはシーズン打ち切り。最終ランキングはなんと260位まで落ち込んだ。デビューした2005年以来、決勝進出が無かったのはキャリア初のことだった。
涙の会見、手術
そして19年1月11日に開いた会見で、ここ数年苦しめられてきた股関節の故障のせいで自由にテニスができないとして、引退を示唆した。会見後に出場した全豪オープンでは、4時間越えの熱戦の末に1回戦敗退で終えた。このとき、試合会場ではテニス界の友人たちによるマリーへの惜別のVTRが流され、引退ムードはますます強まった。マリーのプレースタイルはコートの広い範囲を安定したフットワークでカバーし、素早く守備から攻撃にギアチェンジするもの。痛みのひかない臀部に苦しむマレーの身体は、到底本来をプレーが出来る状態ではなかった。
しかし、事態は一変した。きっかけは1月末に受けた人工股関節を入れる手術だ。アスリートが第一線に戻れる保証はない難しい手術だった。しかし、そこからわずか2ヶ月後の3月末、マリーは自身のインスタグラムに練習を再開した様子を投稿する。さらに3ヶ月後には、6月のフィーバ・ツリー選手権にダブルスで出場するまで復調した。復帰戦となったこの大会では、フェリシアーノ・ロペス(スペイン)とペアを組むと、一回戦でいきなりダブルスのATPランク1位ペアを下す金星を挙げる。その後も順当に勝ち進み、見事に復帰戦でタイトルを獲得した。
そして、1月の会見で「最後の大会」と示唆していたウィンブルドンにもダブルスで出場。結果として男子ダブルスは2回戦敗退、そしてセリーナと組んだ混合ダブルスは3回戦敗退に終わった。だが、そこにはかつてのように痛みに悶えながらプレーする姿ではなく、笑顔を見せながらプレーを楽しむマリーがいた。あの涙の会見と人工股関節手術からわずか半年、公式大会で優勝し、そして最高峰の舞台でプレーを見せるその姿に、母国英国のみならず世界中のテニスファンが喜んだ。
シングルス復帰を示唆
ウィンブルドンでの戦いを終えたマリーは、母国英国のBBCに寄せたコラムで、シングルス復帰まではまだ時間を要すとの見方を示した。確かに、ダブルスを戦ったマリーのプレーは、時折かつての強力なショットが見られたものの、フットワークをはじめ本来のプレーはまだできていない。彼本来のテニスを行うには、まだ臀部の筋力を取り戻せていないようだ。
BBCのコラムで、マリーはこう綴っている。「テニスをプレーするのが好きだ。ただ、まだシングルス復帰は長い目で見る必要がある。それが9ヶ月になるのか18ヶ月になるのかわからない。だけど、できるだけ早く復帰できるようにベストを尽くすよ」
1月の会見では「プレーを楽しめない」と涙を流し語っていたマリー。決意の手術とリハビリが奏功し、まず痛みから解放された。さらに孤独なシングルスとは異なりコミュニケーションが重要なダブルスでプレーしたことで、インスピレーションとプレーする喜びを感じられたようだ。だが彼の目標はシングルスだ。復帰がいつになるかはわからない。だが、彼はそれを目指して今後数ヶ月は続くであろうトレーニングに立ち向かおうとしている。彼が再びプレーする喜びを感じられたことで、我々はもうしばらくアンディ・マリーのテニスを見続けることができるようだ。