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国枝慎吾の功績~テニス界で世界一優勝している男~

2016 9/14 09:42
国枝慎吾
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Photo by robbiesaurus

最強の日本人男子テニスプレーヤー国枝慎吾選手。
あのノヴァーク・ジョコビッチやロジャー・フェデラーですら尊敬する、彼の功績を知りたいと思ったことはないだろうか?
国枝慎吾選手の勝利への軌跡を紹介する。

国枝慎吾選手の生い立ちと、テニスとの出会い。

国枝慎吾選手は1984年2月21日に生まれの現在32才。9才の時に脊髄腫瘍のため下半身麻痺になった。車いす生活が始まった国枝選手は、小学校6年生の時にテニスが大好きだった母親の勧めで「吉田記念テニス研修センター」で車いすテニスを始めている。
始めた当初は難しいスポーツに感じて、なかなかテニスを好きにはなれなかったそうだ。現在も国枝選手が拠点にしている同センターだが、20年近く前に車いすテニスのコースを設けていて、なおかつ通うのが可能な距離に自宅があったというのは、出会うべくしてテニスに出会ったとも言えるかもしれない。

日本車いすテニス界での軌跡

11才からテニスを始めた国枝選手は高校1年生で海外遠征をし、オランダの国際大会を制してジュニアチャンピオンになっている。そして現在もコーチである丸山弘道から指導を受け、初めて本格的に競技に取り組むことになる。
2003年の大学生の時には、「NEC全日本選抜車いすテニス選手権大会」の男子シングルスにて、当時連覇中であった齋田悟司選手を破って初優勝し、翌2004年のアテネパラリンピックに出場、齋田選手と組んだダブルスで金メダルを獲得した。そして2006年10月には、自身初の世界ランキング1位になる。2007年に、全豪オープン、ジャパンオープン、ブリティッシュオープン、全米ウィールチェアを制覇することで、史上初の車いすテニス男子シングルスでグランドスラム(2007年当時)を達成し、ITF(国際テニス連盟)世界チャンピオンにも選出された。
その後2008年北京パラリンピック、2012年ロンドンパラリンピックで、男子シングルスを金メダルで2連覇、北京パラリンピックにおいては齋田選手と組んだダブルスでも銅メダルに輝いた。北京パラリンピック後の2009年には、日本の車いすテニス選手として初めてのプロ選手に転向した。現在、シングルス20回、ダブルス20回の計40回優勝しており、グランドスラム車いす部門において男子歴代最多の記録保持者だ。

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