「スポーツ × AI × データ解析でスポーツの観方を変える」

世界で人気の車椅子テニス。その誕生と歴史に触れてみた

2017 4/5 18:49sachi
テニス
このエントリーをはてなブックマークに追加

出典 101akarca/ Shutterstock.com

障がい者スポーツの中でも、車椅子テニスは注目度の高い存在になった。 日本でも国枝慎吾選手や上地結衣選手が世界で活躍し、人気が急上昇している。 そこで、車椅子テニスの誕生や世界への普及活動、現在に至る歴史について調べてみた。

リハビリの一環から競技スポーツへ。車椅子テニスの誕生秘話

車椅子テニスは1976年にアメリカで誕生した。その創始者としてブラッド・パークス氏の名が取り上げられるが、車椅子テニスを開発したのは別の人物だ。パークス氏は車椅子テニスを競技スポーツとして普及させるために尽力し、国際車いすテニス連盟の初代会長にも選出された功労者だが、彼はジェフ・ミネンブレイカー氏を通して車椅子テニスの存在を知ったのだ。
元々はアクロバットスキーのプレーヤーだったパークス氏だが、18歳の時に競技会で転倒し、下半身に障がいを持った。リハビリ生活を送っていた頃、ミネンブレイカー氏が軽量化した車椅子で2バウンド式のテニスをしていると知り、これを正式なスポーツとして成立させたいと持ちかけたのが始まりだ。

全米オープンの開催、そして国際化のスタート

パークス氏はミネンブレイカー氏から車椅子テニスの指導を受け、同時に競技用の車椅子開発を共同で進めた。テニス経験はゼロだったパークス氏だが、努力を重ねて飛躍的に上達していく。最初に主催した競技会は1977年春のエキシビション、その後ロサンゼルスでトーナメント大会も行われている。1980年にはパークス氏が中心となってアメリカ車椅子財団が発足、第1回の全米オープン(現在のUSTA全米車椅子選手権)が開催された。この大会でパークス氏は見事優勝を飾っている。
アメリカの各地でツアーが始まったこの年、パークス氏を含めた選手団はオーストラリアのエキシビションにも招待された。それは車椅子テニスの国際化が訪れた瞬間だった。

おすすめの記事