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車椅子テニスで偉業を重ねる上地結衣選手の功績

2017 4/5 18:49sachi
テニス
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出典 101akarca/ Shutterstock.com

昨年のリオパラリンピックで、日本人女子選手として初のメダリストとなった車椅子テニスの上地結衣選手。 日本のエースであるだけでなく、世界の車椅子テニス界でも有数のスター選手だ。 そんな上地選手が残した功績にはどんなものがあるのか、この記事で振り返る。

上地選手が車椅子での生活を送るようになった理由

上地結衣選手は1994年4月生まれの現在22歳、出身は兵庫県明石市だ。ご両親と2歳年上のお姉さんという一家に生まれた。上地選手は先天性の潜在性二分脊椎症を患って誕生、そのため生まれつき足が不自由で、幼少期は装具をつけなければ歩行できない状態だった。やがて成長とともに装具をつけての歩行も困難となり、以降は車椅子での生活を送っている。
そんな上地選手だが、小さい頃から特別扱いされるのを嫌ったそうだ。一般の学校の普通学級に通い、明石商業高校を卒業した。教室を1階で固定する提案も断り、階段の昇降に時間を使えるよう早くから通学したそうだ。彼女が他の人と同じ生活を願い、努力をしてきたことがうかがえるエピソードだ。

大好きな姉をきっかけに出会った車椅子テニス

上地選手が車椅子テニスと出会ったのは11歳の時だ。きっかけはお姉さんが始めた軟式テニスだったそうで、お姉さんが大好きな上地選手は自分もテニスをやってみたいと思ったことから車椅子テニスを始めた。
小学4年生の頃、上地選手は車椅子バスケットボールをしていた。しかし、体が小さい上に力も強くないためチェアワークが上手くいかず、ボールを投げてもリングに届かない状態だった。周りで一緒にプレーしているのは大人たちだったが、負けず嫌いの上地選手は自分が手加減されるのを悔しく思ったそうだ。
そんな時、中学生になったお姉さんが軟式テニス部に所属したことを知り、自らも車椅子テニスを始めた。兵庫県に車椅子テニスのクラブがあったことも彼女に味方した。それが上地選手の人生に転機が訪れた瞬間だ。

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