「スポーツ × AI × データ解析でスポーツの観方を変える」

卓球界を引っ張ってきた福原愛の功績

2016 10/12 03:34
fukuhara
このエントリーをはてなブックマークに追加

Photo by CHEN WS/Shutterstock.com

日本で最も有名な卓球選手と言える福原愛。 今の卓球界は彼女の存在抜きで語ることはできないほど、大きな功績を残した選手であることは間違いない。 そんな彼女のこれまでとその功績を紹介する。

初めてラケットを握った日

1988年11月1日、宮城県仙台市に生まれた福原愛にとって、その後の人生を大きく決める日となったのが1992年8月13日だった。 3歳9ヶ月の福原愛は、この日母からラケットをプレゼントされ、正式に卓球の練習を始めた。
そのきっかけとなったのが、10歳年上の兄が卓球の指導を受けていたこと。当初は兄の練習を本を読みながら待っているだけだったが、3歳になった頃に自分から卓球をやりたいと半年間言い続けたことで、毎日練習をすることを条件に、母がラケットをプレゼントしたのだ。 まだ小さかった福原愛は、その約束通り、ゴミ箱や缶の上に乗ってこの日から毎日欠かさず卓球の練習を行うこととなる。

天才卓球少女、泣き虫愛ちゃん

母との約束通り毎日欠かさず練習をした福原は、翌1993年6月の宮城県小学生卓球選手権大会バンビの部(小学校2年生以下)に初出場してなんと優勝。そして全国大会でもベスト16に進出。小さな幼稚園児が小学生を相手に次々と勝利していく姿や、その後繰り返し放送されて有名になった試合中の涙が話題となり、メディアの注目を集めるようになる。
そして、福原の存在が日本中に知れ渡るきっかけとなったのが、同年12月に放送されたバラエティ番組での明石家さんまとの対戦。屈託のない無邪気な笑顔と番組内の対戦で明石家さんまに泣かされた姿が、4歳の時に公式戦で見せた涙と相まって「天才卓球少女、泣き虫愛ちゃん」として人気が爆発することとなった。

おすすめの記事