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五輪「金」の萩野は体内も常人離れ 常人の2倍の乳酸が強さの秘密

2018 8/6 11:00SPAIA編集部
萩野公介,Ⓒゲッティイメージズ
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Ⓒゲッティイメージズ

得意種目は個人メドレー

身長177cm、体重71kgで大きな筋肉を持ち、効率的で力強い泳ぎが特徴的の荻野選手。競泳種目の中で最も得意なのは4泳法を順番に泳ぐ個人メドレーだが、全ての泳法をマスターしないとタイムを出すことが難しい個人メドレーは、競泳の中でも過酷な種目と言われている。4泳法のなかでも特に自由形と背泳ぎを得意としており、200、400m自由形では日本記録を保持、背泳ぎも日本記録に近いベストタイムを出している。

高校生で出場した2012年のオリンピックでは、400m個人メドレーで日本記録を更新し銅メダルを獲得。2016年のリオオリンピックでは、400m個人メドレーで優勝、200m個人メドレーで銀メダル獲得と輝かしい成績を収めている。

重心を高い位置に保ち、水の抵抗を受けにくい姿勢を維持している萩野選手の泳ぎ。そうすることで無駄な力を使わずに水面を滑るように泳ぐことができるのだ。この他にも運動生理学的側面から見える様々な特徴を紹介する。

他選手に比べ、乳酸を多く作れる萩野選手

萩野選手の生理学的な特徴としては、他の選手よりも多く乳酸を作ることができる、という点が挙げられる。通常は10mM程度が最高値とされ、それ以上作られることはないとされている乳酸だが、萩野選手の場合はその倍の20mMもの乳酸を作り出すことができるのだ。

ひと昔前、疲労の原因となる物質は乳酸だとされていた。そのため、乳酸と聞くと『疲労』というワードを連想し、通常より多くの乳酸を作り出してしまう萩野選手は「疲れやすいのでは?」と考えてしまうかもしれない。だが、現在では乳酸のみが疲労の原因という訳ではないことが分かっている。

体内にはグリコーゲンという糖質に似た物質がエネルギー源として蓄えられている。グリコーゲンはグルコースへと分解され、ピルビン酸という物質にまで代謝されるとミトコンドリアに入り、さらに代謝を受け、水と二酸化炭素にまで分解される。運動強度が上がるとグルコースの分解量が多くなり、ピルビン酸の量がミトコンドリアの処理能力を超えてしまい、そのような状態になるとピルビン酸は乳酸に変換される。

上記を念頭に、わかり易くするためサッカーを例に挙げてみよう。サッカーは90分間ほぼ走りながらプレーするので、後半になると体内に蓄えられているグリコーゲンは枯渇してしまう。乳酸が疲労の原因だとすれば、グリコーゲンが枯渇し乳酸がほとんど作られないはずの試合後半に疲れを感じるということは、矛盾している。このことからも、乳酸は疲労の主要な原因ではないことが分かるだろう。

競泳での疲労の原因としては、細胞内へのリン酸の蓄積や、ナトリウム-カリウムポンプの働きの悪化、グリコーゲン枯渇による筋小胞体へのカルシウムの取り込みの阻害など、様々な要因が挙げられる。また、乳酸は体内でエネルギーとして使うことができることも知られている。筋肉には速筋と遅筋という2つのタイプがある。速筋は大きな力を出せるが持久力に乏しい、遅筋は持久力には優れているが大きな力は出せない、という特徴がある。

乳酸はグリコーゲンを多く使う速筋で作られ、ミトコンドリアで処理しきれない分は乳酸に変えられて遅筋へと届けられ、再びピルビン酸へと戻りエネルギー源として使われる。このように、乳酸は疲労物質というよりもむしろエネルギー源として使われる物質なのだ。では「乳酸を多く作ることができる」ということはどういうことなのだろうか。それは、よりグルコースを分解し、エネルギーを取り出すことができるということだ。

体内のエネルギー源として挙げられるグリコーゲンと脂肪は、低い強度なら1:1程度の割合で使われるが、高い強度の運動をするとグリコーゲン分解が亢進する。これはエネルギー源として使いづらい脂肪に対し、グリコーゲンはすぐにエネルギーを取り出すことができるためである。人にはもともとそうした特性があるのだが、より多くのグリコーゲンをエネルギー源として使うことができるという特徴を持ち、大きな力を発揮する能力に優れているのが萩野選手なのだ。人よりも乳酸を多く作り出し、その大きな力を持続させる。萩野選手の強みはそこにある。

また、乳酸を多く作れることはトレーニングにおいても有効に働く。トレーニングを行うと細胞のエネルギー工場であるミトコンドリアの増加が起こる。これを調節している因子として、PGC-1αというタンパク質が挙げられる。最近の研究では乳酸はPGC-1αというタンパク質を活性化させることが報告されている。つまり、乳酸はミトコンドリア新生のシグナルとなっていることも分かってきている。このことから、萩野選手は他の選手よりも乳酸を多く作ることができるので、効率的にミトコンドリアを増やすトレーニングを行うことができているとも言える。

萩野選手が元々乳酸を多く作れる体質だったのか、トレーニングにより体質が変化したのかは今の所不明であるが、乳酸が多く作れる体質により大きな力を持続して発揮でき、萩野選手の泳ぎに貢献しているのは間違いない。今年の夏には日本でパンパシフィック水泳選手権が行われ、2020年には東京オリンピックが行われる。今後萩野選手がどのような泳ぎを魅せてくれるのか期待がかかる。