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日本競泳界のレジェンド 北島康介のライバルたち

2017 4/12 21:06
水泳
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ハンセンさんへの半端じゃない闘争心

2004年アテネオリンピックでは、「金メダル獲得」はイコール「打倒ハンセン」という図式が成り立っていた。ハンセンさんとは2001年頃からずっとライバル関係になっていたが、オリンピック直前にハンセンさんが世界記録を更新したことが、北島さんの闘争心により火をつけた。
それは、水中だけでなく、プールの外でもそうだった。練習場で会っても決して声をかけることはせず、じっと静かに見つめて観察をする。アテネオリンピック以降もライバル関係は続いたが、話をすることは一切なかったそうだ。無言の威圧をかけ続けるなど、金メダル争いは水中だけではなかったようだ。

最大のライバル アレクサンダー・ダーレオーエン選手

北島さんのもう1人のライバルといえば、2008年の欧州水泳選手権の金メダリストで、男子の長水路での国際大会で初めてノルウェーにメダルをもたらしたアレクサンダー・ダーレオーエン選手だ。1m90cmの長身を生かした力強い泳ぎの選手だった。
2008年の北京オリンピックでは、100m平泳ぎで北島さんに次いで銀メダルを獲った。これは、ノルウェーに初のオリンピック競泳競技のメダルをもたらした快挙だった。2011年の世界水泳選手権の100m平泳ぎでは58秒71で優勝して金メダルを獲った。 2012年のロンドンオリンピックでも、北島さんとの戦いが期待されていたが、大会のわずか3ヶ月前に合宿中のホテルの浴室で心臓麻痺で急逝された。26歳の若さだった。

早すぎたライバルの死に 涙が止まらない

ロンドン大会で北島さんの最大のライバルになるはずだったのが、ダーレオーエン選手だった。当時の100m平泳ぎで、北島さんと彼の2人だけが、高速水着の使用なしで1分59秒を切った選手だった。 2008年の北京オリンピックの100m平泳ぎでは、北島さんが金メダル、ダーレオーエン選手は銀メダル。2011年の上海世界選手権では、ダーレオーエン選手が優勝、北島さんは4位となり、ロンドンオリンピックでの対決が期待されていた。
そんな矢先のライバルの突然の死に、北島さんは、涙が止まらない、心に大きな穴が空いたと、ツイッターでつぶやいている。お互いを認め、高めあった最高のライバルだった。

まとめ

日本競泳界のレジェンド、北島康介さんとそのライバル2人を紹介したが、いかがだっただろうか。 それぞれライバルといっても、思いや態度などがまったく違う2人だが、北島さんの闘争心やモチベーションをアップさせ、好成績につなげたことは間違いないだろう。

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