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知っていると競泳が楽しめる!潜水のルール

2016 11/29 21:30
水泳
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メルボルン五輪直後に潜水はルール改正で制限がかかる

当時の古川氏は、肺活量を武器に45メートルも潜水することができた。このため、平泳ぎの選手であるにもかかわらず、レースではほとんど水面から出て来なかった。古川氏は圧倒的な速さで世界一の称号を手にしたものの、直後に国際水泳連盟は潜水に制限を設けた。スタート直後、ゴール前のひとかき、ターン直後以外は潜水してはいけないというものだ。明らかに古川氏を意識したルール改正だったが、日本勢はこの逆風に負けず、1972年のミュンヘン五輪で新泳法をひっさげて臨んだ田口信教選手が世界新記録で金メダルを獲得した。

背泳ぎで潜水する「バサロ泳法」も制限の対象に

競泳でよく聞く単語のひとつに「バサロ泳法」がある。1970年代に個人メドレーで世界記録を打ち立てたジェシー・バサロというアメリカの選手にちなんで付けられた名前であり、背泳ぎに切り替わる際に潜水泳法を用いたことからこの名前が日本で普及した。しかし、80年代になるとこの泳法を用いた潜水距離の長い選手が記録を伸ばす傾向となったため、88年のソウル五輪後に再びルール改正のメスが入る。この時、背泳ぎにおける潜水距離は10メートル以内に制限されたが、91年には15メートルまで緩和された。

潜水泳法は一時下火となるもののフェルプスの登場で最注目

1990年代には、バタフライで短水路の世界新記録を樹立した(97年)青山綾里氏も潜水泳法を得意としていた。しかし、98年にはバタフライと自由形の潜行距離も15メートルに制限された。前述の通り、無呼吸の潜水泳法は体力を激しく消耗するため、制限が設けられてからは潜行で記録を伸ばそうとする選手は減る傾向にあった。この新説を覆したのが最強のスイマーとの呼び声が高いマイケル・フェルプス選手で、制限いっぱいまで潜行をするスタイルで次々と記録が打ち立てられたことで、競泳界では潜行が再び重要視されるようになった。

まとめ

抵抗が少なく高速推進を可能とした潜水泳法は日本人によって脚光を浴びては、その都度ルールが改正される傾向がみられる。しかし、改正の波があっても日本人スイマーは努力でそれに打ち勝り、競泳は日本のお家芸と言われる地位を守り続けていることを忘れてはならない。

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