「スポーツ × AI × データ解析でスポーツの観方を変える」

水泳女子自由形で日本人初となった金メダリスト柴田亜衣さんの功績

2016 11/29 21:30
柴田亜衣,アテネ五輪,Ⓒゲッティイメージズ
このエントリーをはてなブックマークに追加

大学に進んだことで気持ちに変化が起こった柴田亜衣選手

中学を卒業し徳島県立穴吹高等学校に入学。高校時代の彼女は自己タイムは更新していくものの、表彰台に上がったことはなく、インターハイでの順位は5位が最高だった。本人曰く厳しい先生だったため、先生に怒られないように頑張るという意識だったそう。
そんな柴田亜衣選手だったが大学に入るとその気持ちに変化が起こる。大学時代は休もうと思えば簡単に休める環境だったにもかかわらず、仲間や先輩たちは休まずに練習しているのを見て、自分はもっと速くなるために大学に進んだのだということを再認識したそうだ。
そこから水泳に取り組む姿勢が自発的になり彼女は変わっていく。

努力を重ねオリンピックへの切符を手にした柴田亜衣選手

彼女は、鹿屋体育大学に進んだことで、目標を決められて練習するのではなく自発的に自分で目標を作っていくスタイルへと変わる。オリンピックに出たいという夢も広がり、さらに努力を重ねていく。練習量も増え1日で20,000mも泳ぐ日々。高地トレーニングなども取り入れ、その努力がやがて実ることになる。
それは2004年のオリンピックの選考レースでもあった日本水泳選手権で基準を満たし、念願だったアテネオリンピック競泳の自由形400mと800mの代表の切符を手にしたことだった。

自由形で日本女子初の快挙を達成した柴田亜衣選手

むかえたアテネオリンピック。スタートが切られた800m自由形で、本命だったロール・マノドゥ選手に中盤で追いつき、残り50mで逆転。そのままゴールし見事優勝を果たす。初出場のオリンピックでの金メダル獲得。そして日本人女子としては初となる自由形の金メダリストという快挙だった。
その後もさまざまな大会で活躍を続け次に開催された北京オリンピックにも出場、しかし残念ながら予選落ちとなり引退を発表した。引退後はスポーツの普及活動や、自身の経験を生かしたプログラムと水泳の楽しさを、子どもたちに教える活動を行っている。

まとめ

日本女子初の快挙を達成した金メダリストの柴田亜衣さんを紹介した。引退後は指導者として活躍、結婚もされて1人の女性としても幸せな日々を送っている。彼女の成し遂げた努力と結果は、今後も新しい世代の競泳選手に受け継がれていくことだろう。

おすすめの記事