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競泳バタフライの名選手たち

2016 11/10 19:16
水泳
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Photo by Mitch Gunn / Shutterstock.com

一見、未経験者には難しそうに見えるバタフライだが、実は正しいフォームで泳ぐとクロールに次いでスピードが出る泳法だ。 そんなバタフライの名選手たちを紹介する。

ドイツの名選手 ミヒャエル・グロス

ドイツがまだ東西に分かれていた1980年代を代表する競泳選手ミヒャエル・グロスは、2mを超える長身と長いリーチを生かしてダイナミックに泳ぐ選手で、バタフライだけでなく自由形でも成績を残す万能型スイマーの一人だ。
1984年のロサンゼルスオリンピックでは、100mバタフライと200m自由形で世界新記録で金メダルを獲得。西ドイツの国民的英雄となった。また、次のソウルオリンピックでも200メートルバタフライで金メダルを獲得している。
日本で行われたユニバーシアード神戸大会では、頭にカタカナでドイツと刈り込みをいれて出場するといったユーモラスな部分もあるようだ。

水の怪物と言われる名選手 マイケル・フェルプス

オリンピックのメダル獲得数で史上1位の記録を持つのは、アメリカのマイケル・フェルプスだ。
200mでは史上最年少で世界新記録を更新してから、自分で記録を更新して保持し続けている。2004年のアテネオリンピックから、北京、ロンドン、リオデジャネイロと4大会連続で、100m、200mバタフライで金メダルを獲り続けている。自由形や個人メドレーでもメダルを獲得し、オリンピックだけでも23個の金メダルをはじめ、28個のメダルを獲得している。
また、北京オリンピックでは8個の金メダルを獲得したが、これも史上初の記録だ。 もちろん、世界選手権でも33個のメダルを獲得しており、名実ともに史上最強のスイマーだ。

ビニールハウスから生まれた名選手 松田丈志

松田丈志は宮崎県で育ち、本格的なスミングクラブがなかったため、ビニールハウスの練習場で泳いでいた。大学進学と共に、愛知県の中京大学の整った環境の中でさらに力をつけていった。
2004年のアテネオリンピックから、北京、ロンドン、リオデジャネイロと連続してオリンピックの代表に選出。北京とロンドンでは、200mで銅メダルを獲得している。2016年のリオデジャネイロオリンピックでは、800mリレーに萩野公介らの若手と出場し、アンカーとして泳いで銅メダルを獲得したが、同年の9月の岩手県での国体を最後に引退した。

マダムバタフライと呼ばれた メアリー・マーハー

アメリカのメアリー・マーハーは、幼い頃から水泳を始め、14歳の時には100mと200mで世界記録を樹立。その後も自らの世界記録を更新していった。
1980年のモスクワオリンピックでは金メダルを期待されたが、アメリカが不参加を表明してしまう。しかし、全米水泳選手権では世界記録を出し、その記録は20年近く破られることがなかった。 その後、1984年のロザンゼルスオリンピックでは、100m、200m、4×100mメドレーリレーで金メダルを獲得している。また、1988年のソウルオリンピックでも200mで銅メダルを獲得している。

日本女子バタフライの星 星奈津美

星奈津美は1歳半からスイミング教室に通い、高校の時には200mでインターハイ2連覇を果たした。北京オリンピックでオリンピック初出場を果たしたが結果10位に終わり、その後大学に進学。学生選手権では200mで3連覇、100mでも2回優勝をしている。 2012年のロンドンオリンピックと、2016年リオデジャネイロオリンピックでは、200mで銅メダルを獲得した。
彼女は、16歳の時に甲状腺ホルモン異常により引き起こされるバセドウ病を発症。競技を続けられない時期もあったが、2014年に甲状腺の全摘出手術を受け、競技に見事復帰。その後のリオデジャネイロオリンピックでの銅メダル獲得は病気を乗り越え獲得したという大変感動的なものとなった。

まとめ

バタフライの名選手5名を紹介した。 順風満帆な選手もいれば大変な苦労をしてきた選手もいた。 彼らの才能に加え、並々ならぬ努力そして精神力はいつでも私達に感動を与えてくれる。

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