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一度は観た、聞いたことがある?水泳の五輪名場面5選

2016 10/4 00:52
水泳
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Photo by Maxisport / Shutterstock.com

日本が世界に誇れるオリンピック種目の一つといえば水泳だろう。4年に一度の大舞台に備えて泳ぎを磨いてきた一流アスリートがみせる名場面は多くの人の心を打つ。今回は、水泳において人々の記憶に残る名場面を振り返る。

背泳ぎの鈴木大地選手がみせたソウル五輪決勝の名場面

1988年のソウル五輪で競泳日本人に16年ぶりの金メダルをもたらしたのは、スポーツ庁初代長官としておなじみの鈴木大地選手だ。鈴木選手の代名詞はバサロ(潜水)泳法で、25メートルの潜行によって序盤からリードを広げる戦法を取っていた。しかし、金メダルを獲るためにはアメリカの世界記録保持者、デビット・バーコフ選手という高い壁を超える必要があったのだ。
本大会準決勝ではバーコフの後塵を拝したものの、決勝ではバサロを30メートルまで伸ばす秘策で前半はバーコフに食らいつき、終盤の追い上げでかわして逆転の金メダル。横一列の勝負になると大会の一ヶ月前から見込んでいた鈴木選手は爪を伸ばし続けるなど、コンマ勝負の戦いを周到に準備した末の作戦勝ちだったのだ。

14歳6日の水泳金メダルに「今まで生きてきた中で一番幸せ」

日本最初の女性金メダリストは1932年ベルリン五輪平泳ぎ200メートルの前畑選手だったが、日本最年少の金メダリストは92年バルセロナ五輪で同じく競泳平泳ぎ200メートルで金メダルに輝いた岩崎恭子選手だった。当時彼女は14歳になったばかり。大会前は無名扱いで本人でさえ「決勝に残ればいい」と語っていたが、記録が伸び盛りだったこともあってか予想を覆す快進撃を見せて、金メダルとなった。
14歳と6日での優勝であることに加えて、岩崎選手が「今まで生きてきた中で一番幸せ」とインタビューで語ったことも話題となり一躍時の人となった。

ハンセン選手とのライバル対決に競り勝った北島選手の名場面

2000年以降の日本競泳陣を引っ張ってきた中心人物といえば平泳ぎの北島康介選手だろう。北島選手は04年のアテネ、08年の北京で平泳ぎ100メートル、200メートルの2冠を連続して達成しているが、世界の強力なライバルとの戦いは熾烈を極めた。アテネでは大会直前にアメリカのブレンダン・ハンセン選手が北島選手が持つ記録を塗り替えてやってきたものの、北島選手は前年の世界選手権でハンセン選手に勝利しているという自信を持って勝負に臨んだ結果、両レースとも勝利を収めた。
金メダルを極めた時、アテネでは「超気持ちいい」、北京では「何も言えねえ」がそれぞれ流行語になったことが記憶に残る人も多いのではないだろうか。

「康介さんを手ぶらで返せない」水泳メドレーリレーで銀

日本の競泳界のトップを走り続けた北島康介選手だったが、2012年のロンドン五輪を迎えた時は選手としてのピークは過ぎていた。それでもつかんだ4大会連続となる五輪の舞台では、一人ではなく仲間とともにつかんだメダルが大会のハイライトとして刻み込まれている。入江陵介(背泳ぎ)、松田丈志(バタフライ)、藤井拓郎(自由形)の各選手とともに臨んだ400メートルリレーでチームは銀メダルを獲得。第二泳者だった北島選手は、ハンセン選手とも競り合い、1位でバトンタッチする活躍を見せた。
試合後は松田選手が「康介さんを手ぶらで帰せない」と北島選手以外の3選手と奮起を誓ったエピソードを披露し、大きな感動を呼んだ。

萩野公介と瀬戸大也の水泳個人メドレー頂上決戦

2016年のリオデジャネイロ五輪における競泳の主役といえば萩野公介選手だろう。個人種目では400メートルメドレーで金、200メートルメドレーでも銀メダルに輝く活躍を見せてくれたが、特に注目されたのは400メートルメドレーの日本人対決だった。
萩野選手の相手は同級生(22歳)の瀬戸大也選手。幼い頃から競り合ってきた2人は、最初は萩野の実力が大きくリードしていたものの、五輪の直前は本番に強い瀬戸選手が有利との声もあった。試合では予選で力を使い切った瀬戸選手が遅れ、萩野選手は自らの記録を1秒56も上回る4分6秒05で優勝。試合後は「また大也と競りたい」と萩野選手。表彰台で仲良く並ぶ2人の姿が強く印象に残った方も多いだろう。

まとめ

日本のお家芸・競泳では、年代を問わずにさまざまな名場面が生まれてきた。近年では北島康介選手の活躍が目立ったが、東京五輪では萩野選手を中心とした新たな世代の活躍に期待がかかる。地元開催での五輪はさらに大きなドラマに期待したいところだ。

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