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元横綱・武蔵丸がハワイ出身力士として大相撲界に残した功績

2016 9/14 09:42
武蔵丸 画像
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Photo by J. Henning Buchholz/Shutterstock.com

西郷さん似のハワイ出身横綱武蔵丸を覚えている方は多いと思う。
少し記憶が薄れた方、どんな力士かよく知りたいと思っている方もいらっしゃるのではないだろうか。
ここでは元横綱武蔵丸について紹介する。

高校時代はアメリカンフットボールの注目選手

元横綱武蔵丸光洋は、1999年七月場所から2003年十一月場所までの27場所にわたり、第67代横綱として土俵を務めた。横綱での通算成績は216勝67敗115休、この間7回の優勝に輝いている。幕内通算成績は706勝267敗115休、大関時代の優勝と合わせて、優勝回数は12回を誇る。
出身地はアメリカ国ハワイ州となっているが、生まれはアメリカ領サモアだ。1971年5月2日生まれだが、まだ幼い頃に一家でハワイに移住する。そして、高校時代はアメリカンフットボールのディフェンスラインとして注目を集めた。当時の大相撲はハワイ出身の巨漢力士小錦が大関として活躍中で、曙は若手有望力士として注目を集めはじめた頃だった。武蔵川部屋に勧誘された武蔵丸は、大相撲入門を決意する。

甘くはなかった横綱への道

武蔵川部屋に入門をしても、すぐには初土俵は踏ませてもらえなかった。当時の武蔵川親方(元横綱三重ノ海)には、せっかく見つけた期待の新弟子に逃げられたことがある。そのため、つらい稽古に耐えることができるかどうか見極めたかったようだ。
そんなことがあって、やっと初土俵を踏んだのが1989年九月場所のことだった。翌十一月場所では7戦全勝でいきなり序の口優勝を飾る。これで自信を付けたのか、順調に出世を重ねる。1991年七月場所で新十両に昇進すると、十両は2場所で通過する。1994年三月場所では大関に昇進。昇進3場所目の七月場所では全勝優勝して、すぐにでも横綱かと思わせた。しかし、それほど甘くはなく、横綱になったのは1999年七月場所のことだった。

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