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平成7年 初の兄弟対決制し、若乃花V【平成スポーツハイライト】

2018 12/16 11:00SPAIA編集部
相撲,Ⓒゲッティイメージズ
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Ⓒゲッティイメージズ

12勝3敗で並び優勝決定戦

世の中は若貴ブームの真っ最中だった。平成7年(1995年)九州場所、貴乃花は横綱になって6場所目、若乃花も大関として充実した時期だった。

横綱・曙が途中休場。大関・武蔵丸は10勝5敗、大関・貴ノ浪も9勝6敗に終わった。ともに千秋楽で敗れた貴乃花と若乃花が12勝3敗で並び、史上初の兄弟による優勝決定戦がとり行われた。

制限時間いっぱいになると館内は大いに盛り上がるが、二人とも表情を変えない。立ち合いから低い姿勢の若乃花が頭をつけ、土俵際まで押し込んだが貴乃花も態勢を立て直す。左上手を取った若乃花が再び寄ると貴乃花は膝から崩れ落ちた。決まり手は下手投げで、若乃花の2度目の優勝となった。

瞬間最高視聴率は58.2%

後のインタビューで貴乃花はやりにくかったことを認めている。貴乃花があっけなく敗れたため、「八百長ではないか」と疑う声もあった。とはいえ、テレビの瞬間最高視聴率は58.2%を記録。兄弟決戦は国民的関心事だった。

貴乃花はこの年5月に元フジテレビアナウンサーの河野景子と結婚。明治神宮で行われた結婚式には報道陣が詰めかけ、披露宴には約1,000人の招待客が出席した。この時すでに妊娠していた景子夫人は9月に長男・優一さんを出産した。

土俵の内外問わず話題を振りまく国民的スターは、翌平成8年春場所から4場所連続優勝。秋場所では自身最後となる全勝優勝を果たした。まさしく相撲人生のピークだった。

一方の若乃花も平成10年春場所を14勝1敗、夏場所を12勝3敗で連続優勝。横綱昇進を決め、史上初の兄弟同時横綱が誕生した。

引退後は別々の道に

しかし、いつまでも続くかに思われた2人の輝きは少しずつ失われていく。若乃花は横綱になってからは優勝できず平成12年に引退。貴乃花も11、12年は一度も賜杯を抱けず、整体師による洗脳騒動や兄・若乃花との不仲まで伝えられた。

平成13年夏場所の優勝決定戦で右膝の故障をおして武蔵丸を投げ飛ばし、当時の小泉純一郎首相から「痛みに耐えてよく頑張った!感動した!」と絶賛されたが、代償は大きく、翌名古屋場所から7場所連続全休。完全復活はならず、平成15年初場所中に引退した。

引退後の若乃花はタレント活動のほか、飲食店経営にも乗り出すなど多方面で活躍。貴乃花は平成の終わりとともに相撲協会を退職、離婚するなど土俵の外で注目を集めた。

しかし、2人が残してきた功績は決して色褪せるものではない。平成前半の各界は間違いなく若貴兄弟が引っ張った。次の時代を担う新たなスター力士の誕生が待たれる。

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