相撲ファンとメディアの声
元横綱日馬富士の貴ノ岩に対する暴行によって、何かとネガティブなニュースが連発してしまう大相撲。無くならない暴力に対して、連日メディアでは相撲協会の暗い部分に焦点を当てて報道をしている。今回ほど、相撲協会の理事選が注目を浴びたことはないだろう。
今回の理事選で注目されたポイントは、「貴乃花親方が理事に再選するかどうか」だった。9票が当選の目安とされるなか、貴乃花親方は2票しか獲得できず落選。このことにより「相撲界は変わらない」「古い体質が残る」と不安視する声が尽きない。
理事の権限とは
相撲協会の理事とは、どのような権限を持つのだろうか。理事ではない親方と、理事の権限には、大きく分けて3つの違いがある。
第1に横綱、大関の昇進を諮問する権限。理事になると、昇進に関して自分の意見を述べる権限が与えられるのだ。横綱への昇進は2場所続けて優勝、大関への昇進は3場所で33勝という目安がある。しかし、それを果たしたからといって必ずしも横綱、大関になれるわけではない。逆にその目安を満たさなくても昇進することもある。ちなみに稀勢の里は初優勝で横綱に昇進したので、あくまでも目安の話である。
第2に相撲のルール変更。過去には「立ち合い改革」や「待った厳禁」などの改変があった。
第3に相撲協会の制度変更。相撲部屋の在り方や力士同士のかかわり方について言及できる。
貴乃花親方の考えを推測する
貴乃花親方は、理事に再選したら相撲協会をどのように改革していきたかったのだろうか。神聖な土俵での真剣勝負を一番に考えているため、相撲協会の制度変更を求めていたのではないだろうか。
貴乃花親方は、部屋が違う力士同士が親睦を深めるのを極端に嫌う。土俵の上、つまり「真剣勝負」で親睦を図ればいいという考えから、他の部屋の力士と会うことを禁止したいのだ。そのため自分の弟子である貴ノ岩を、モンゴル人力士が集まる「モンゴル会」に参加させたくなかった。
そういった集まりをすることで、八百長とまではいかなくとも、あと一歩というところで勝負勘が鈍ったり、引いてはいけない場面で執拗な張り手が出せなかったりする。全力を出し切れなくなることを危惧していたのだろう。出稽古についても、貴乃花親方は禁止したかったに違いない。出稽古をすることで、相手に対して同情の念を持つ可能性があるからである。
貴乃花親方の狙いは、相撲界から「なれあい」をなくし、神聖な土俵上で一切の隙もないガチンコ真剣勝負の取り組みを実現させることではないか。そのために自分が理事で居続ける必要があると考えていた、と推測できる。
理事選に出た理由について考察
今回の理事選は、当初から負け試合になることが明白だった。貴乃花親方自身が、一門の親方に対して阿武松親方に投票するよう呼びかけたくらいだ。「貴乃花親方の隠れシンパが票を入れることを期待している」と報道したメディアもあるが、私はそうは思わない。
理事選に当選せずとも、出馬することにより自分の考えを知らせることができると思っていたのではないだろうか。実際、理事選に出馬しなければメディアは貴乃花親方の考えを反映せず、相撲ファンの耳にも届かない。自分の考えを一人でも多くの相撲ファンに届けたいという思いからの出馬だったように感じられる。
出馬の効果はあったのではないか
貴乃花親方が理事選で落選したことで、落胆した相撲ファンは少なくない。しかし、理事であるか否かを問わず、貴乃花親方は暴力事件をうやむやにしないのではないか。貴ノ岩が日馬富士から暴行を受けた際に、相撲協会ではなく警察に届けたことからも想像がつく。また理事という立場より、一親方の方が、理事に対して「ダメなものはダメ」と声をあげられるのではないか。
貴乃花親方が理事選に出馬したことは、暴力事件を抜きにしても大きな意味があるのではないか。というのも、ここまで自分の意見を述べた親方は、これまでいないからだ。
相撲協会の全てを敵に回しても自分の思い描いている相撲道を貫きたい、という思いが伝わった。彼は出馬を、相撲界を大きく変えるための一歩と考えているのではないだろうか。