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大相撲を江戸時代から引っ張ってきた出羽海部屋の歴史

2016 11/25 20:06
相撲
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出典 http://www.asahi.com

相撲界でも屈指の名門部屋といわれる出羽海部屋は、どのような歴史をたどって今に至るのだろうか。今回はそんな出羽海部屋の歴史について紹介する。

出羽海部屋の歴史


寛政末年 出羽ノ海金蔵(後の運右衛門)、年寄資格を得て出羽ノ海部屋開祖となる
1808年 鹿間津 滝右衛門が出羽ノ海滝右衛門に改名する
1862年 初代常陸山(桂川立吉)、出羽ノ海として年寄専務となる
1890年 常陸山 虎吉(最高位-前頭筆頭)、出羽ノ海運右衛門に改名し部屋を継承
1914年 第19代横綱 常陸山 谷右ェ門、出羽の海谷右衛門を襲名し部屋を継承
1922年 両国 梶之助(最高位-小結)、出羽ノ海梶之助として部屋を継承
1949年 第31代横綱 常ノ花 寛市、出羽海秀光として部屋を継承
1960年 出羽ノ花 国市(最高位-前頭2枚目)、出羽海喜偉として部屋を継承
1968年 第50代横綱 佐田の山 晋松、出羽海智敬として部屋を継承
1996年 鷲羽山 佳和(最高位-関脇)、出羽海義和として部屋を継承
2014年 小城ノ花(最高位・前頭)、出羽海昭和 として部屋を継承  

出典 出羽海部屋公式サイト

出羽海部屋の特徴

出羽海部屋は江戸時代から続く歴史の古い相撲部屋。相撲界を代表するような相撲部屋だった。この部屋での通例的な四股名は色々あるのだが、最初は「出羽」を冠する四股名をつけることが通例となっていた。
その後は四股名も多様化し、他にも出身地に山をつける四股名も台頭。これは常陸山が発祥だ。出身地に海というのもこの部屋から始まった四股名だ。両方共に相撲界全体で使われる四股名となった。
ちなみに先代は自身の四股名である「佐田」を使っていたが、現在では分家してできた相撲部屋である境川部屋で四股名に「佐田」を冠することが引き継がれている。

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