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大相撲、名門 伊勢ヶ濱部屋の歴史と力士

2016 11/15 19:42
大相撲
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出典 http://www.town.kuriyama.hokkaido.jp/

全国の大相撲ファンの方へ。 力士の所属する相撲部屋について、もっと知りたいと思っている方も多いことだろう。 ここでは伊勢ヶ濱部屋の歴史や歴代親方、力士について解説する。

伊勢ヶ濱初代は行司の式守伊之助

伊勢ヶ濱部屋は、伊勢ヶ濱一門のリーダーとして、横綱日馬富士公平、大関照ノ富士春雄らを有する大部屋だ。現在は元横綱旭富士正也が伊勢ヶ濱親方として部屋の運営にあたっている。
元々は江戸勧進相撲の名跡・伊勢ノ海部屋からの分家独立で、初代伊勢ヶ濱は行司の5代式守伊之助だった。江戸時代後期1840年?1850年に活躍した人だ。2代目は小結荒熊之助という力士で、伊勢ヶ濱襲名は1859年、江戸時代終わりの安政年間の頃だった。3代目は伊勢ノ海部屋の関脇だった両国が引き継いだ。この頃になると時代も明治へと移る。

伊勢ヶ濱6代目は名横綱照國

4代目は鶴ヶ濱熊吉という元大阪相撲所属の力士だった。伊勢ヶ濱を襲名するも後年廃業している。5代目は熊ヶ谷部屋で関脇を務めた清瀬川敬之助だった。清瀬川は伊勢ヶ濱を襲名すると、現役時代からの内弟子をひきつれて伊勢ヶ濱部屋を興す。その部屋で横綱まで出世したのが第38代横綱照國萬藏だった。
照國は伊勢ヶ濱部屋に入門すると順調に出世し、当時の最年少記録を次々に塗り替えて横綱に昇進する。横綱昇進をはじめとする最年少記録は、後に横綱大鵬幸喜が登場するまで破られることはなかった。照國は当時の大横綱双葉山定次にも対戦成績で3勝2敗と勝ち越している。
そして、引退後は荒磯部屋を興し、伊勢ヶ濱部屋の力士を譲り受けるが、やがて伊勢ヶ濱を襲名すると、伊勢ヶ濱部屋として部屋の運営に当たる。

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