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九重部屋の歴史を知ると大相撲が10倍楽しくなる

2016 11/15 19:42
大相撲
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Photo by http://www.nikkei.com

最近親方が変わったことで話題になった九重部屋は、どのような歴史があって今に至るのか知りたい人も多いと思う。 今回はそんな九重部屋の歴史について紹介する。

九重部屋とは

九重(ここのえ)部屋は、日本相撲協会所属の相撲部屋で、高砂一門に属している。
昭和43年に千代の山によってつくられた部屋で、所属する力士は三段目に昇段すれば師匠の四股名から「千代の」という冠がもらえることが特徴だ。入門した力士はまず「千代の」の冠がついた四股名をもらうために精進することになる。
部屋の方針は「怪我はさせずに、無理はさせない」こと。そのため、所属力士は休場することもしばしば。押し相撲を信条としている。以前は優勝10回の北の富士、優勝31回の千代の富士、優勝8回の北勝海と3人の横綱がいたのだが、現在ではなかなか結果が出ていないようだ。九重部屋に所属した力士が優勝した回数は総計で51回。これは他の部屋を圧倒する数字だ。

九重部屋の歴史

九重部屋は昭和43年に当時横綱の千代の山の師匠、九重親方が出羽海部屋から独立したことをきっかけに誕生する。これは、出羽海一門から破門され、高砂一門となるという異色の誕生だった。
部屋ができた年の初めての本場所である春場所にて、大関の北の富士が14勝で優勝。横綱である大鵬を破っての初優勝だった。この後も着々と結果を出し続け、3年後に横綱に昇進する。引退した後は年寄井筒を襲名、井筒部屋を作る。
しかし、千代の山は51歳という若さで亡くなってしまう。空中分解寸前だった井筒部屋を以前より繋がりがあった九重部屋が吸収し、北の富士が引き継ぐことになる。

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