100年前の足袋から革命的進化、7区間で新記録
大正9年(1920年)の第1回大会から100年の節目を迎えた正月の風物詩、第96回東京箱根間往復大学駅伝は1月3日、青山学院大が大会新記録の10時間45分23秒で2年ぶり5度目の総合優勝を果たして幕を閉じた。
令和最初の箱根路で旋風を起こしたのは、スポーツ用品メーカー大手のナイキが開発した人気沸騰の「厚底シューズ」。最近では「魔法のシューズ」とも呼ばれる秘密兵器は出場210選手のうち8割超の選手が着用し、今季から「解禁」した青学大は従来の大会記録を6分46秒も更新して新時代を告げる超高速レースとなった。
全10区間中、7区間で新記録も生まれ、往路、復路、総合の優勝タイムも全て大会新記録。1世紀前は選手が足袋を履いて走っていたことを考えれば、選手のレベル向上と道具の目覚ましい進歩は明らかだが、海外ではナイキを使用していない選手から厚底シューズの性能や公平性を巡って疑問の声も上がり、世界陸連が調査に乗り出すとの報道も出ており、今後の行方が注目されている。
NY紙の比較分析で4~5%タイム良化
2019年12月、ニューヨーク・タイムズ紙が分析した結果によると、ナイキの厚底シューズは平均的なシューズと比較して4~5%タイムが速く走れることが判明。「プロのトップ選手にもアマチュア選手にも想定以上のアドバンテージが生まれる」との見方を示した。
この人気シリーズは2017年から登場し、バージョンも年々アップ。「厚さは速さだ」をキャッチコピーに薄底の常識を打ち破り、軽量化やクッション性のほか、ソールにカーボンプレート(炭素繊維)が内蔵されて高い反発力が推進力を生む構造になっている。
男子マラソンの世界記録を持つエリウド・キプチョゲ(ケニア)は2019年10月に非公認レースながら人類初の2時間切りとなる1時間59分40秒をたたき出し、日本記録保持者の大迫傑(ナイキ)ら国内外のトップ選手も履いて注目を集めた。
高速水着「レーザー・レーサー」は禁止に
これまでトップ選手は軽量、薄底のシューズを選ぶ傾向が強かったが、元日の全日本実業団対抗駅伝でも厚底シューズを着用した選手が目立ち、続々と好記録が誕生。2019年9月の東京五輪代表選考会「マラソングランドチャンピオンシップ」(MGC)では中村匠吾(富士通)、服部勇馬(トヨタ自動車)ら上位10人中8人が使用した。他メーカーも商機を逃すまいと厚底に参戦し、巻き返しを図るが、まさに「独占状態」なのである。
一方、五輪イヤーで思い出されるのは2008年北京五輪で大旋風を起こした高速水着問題だろう。英スピード社製の高速水着「レーザー・レーサー(LR)」を着用した選手が世界新記録を連発し、調査に乗り出した水泳界が2010年に高速水着を禁止した経緯がある。素材の厚さを最大1ミリとし、浮力の効果を1ニュートン以下とするなど、これまで水着承認で定められていなかった具体的な規定をまとめた。
飛ぶボール騒動も、東京五輪はどうなる?
プロ野球では2011年から導入した統一球を公表せずに、より「飛ぶボール」に変更していたことが発覚し、大きな騒動になったケースがある。
スポーツの普及や技術革新は道具の進化とともに発展してきたが、普遍性や公平性との適切なバランスは常に問われる課題でもある。果たして陸上長距離界を席巻する厚底シューズは東京五輪を前に規制対象の検討に入ってくるのか-。
世界陸連は「使用されるシューズは不公平な補助やアドバンテージを生むものではいけない」との見解を出している。かつて義足のスプリンター、オスカー・ピストリウス(南アフリカ)はカーボン繊維製の義足が「人工的な推進力」を与えるとして世界陸連からレース出場を差し止められたが、スポーツ仲裁裁判所(CAS)に提訴して参加を認められ、障害者ながら2012年ロンドン五輪出場で歴史の扉を開いたことがある。
箱根に吹き荒れた「厚底旋風」。未知の領域に入りつつある驚異的なタイム向上とともに、道具の進化と競技力を巡る論争はしばらく続きそうだ。