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スピードスケート、オリンピック名場面5選!

2017 2/9 18:26
スピードスケート オリンピック
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Photo by sportpoint / Shutterstock, Inc.

スピードスケートは、冬季オリンピックでも「花形」と言える競技ではないだろうか。 今回は、オリンピックのスピードスケート名場面5選を紹介する。

長野オリンピック、男子500m

1998年の長野オリンピック、男子500mで金メダルを獲得した選手が清水宏保だ。 前年度のW杯で総合優勝していた清水は、金メダル候補の筆頭としてオリンピック本戦に臨んだ。オランダやアメリカなどの強豪国は軒並み長身の選手が中心だったが、ひときわ小柄な清水はロケットスタートを武器に戦い、見事優勝を成し遂げた。
日本のスピードスケート界において初の金メダル獲得、さらに母国での活躍ということで、大きな話題となった。

ソルトレイクシティオリンピック、男子ショートトラック1000m

南半球に初の冬季オリンピック初の金メダルをもたらした選手が、オーストラリアのスティーブン・ブラッドバリーだ。その金メダルは、思いもよらぬ形で手にしたものだった。 まず、準々決勝で3位となったブラットバリーは、2位までしか進出できない準決勝へは進めないはずだったが、上位選手の失格により、繰り上がりで準決勝に進出。続く準決勝でも、終始最下位(5位)につけるレース展開だったが、上位3人の転倒、1人の失格により、1位で決勝進出。そして決勝でも、準決勝以上に最下位につけていたが、ゴール直前に先頭の4人が全員転倒したため、1位でゴール。
「棚ぼたの勝利」での金メダル獲得という、非常に珍しい展開となったレースだった。

リレハンメルオリンピック、男子1000m

アメリカのスピードスケート選手、ダン・ジャンセンがこの種目で金メダルを獲得した。しかし、その金メダル獲得の裏には、数々の苦難があった。 6年前のカルガリーオリンピックでは金メダル候補の筆頭だったが、レース前日に姉が白血病で死去してしまい、精神的影響から結果が残せず。さらに、2年前のアルベールビルオリンピックでも、当時の世界記録所持者という看板を掲げて臨んだが、4位という結果に終わり、またもメダルなしに。
そのような状況の中、雪辱を期して臨んだリレハンメル大会だった。金メダルを獲得して表彰台に上がったジャンセンは、国歌が流れ出すと、星条旗を見つめて大粒の涙を流し喜んだ。その姿は、アメリカのみならず、世界中の人々の感動を呼んだ。

レークプラシッドオリンピック、男子スピードスケート

レークプラシッドオリンピックで、男子スピードスケートを完全制覇した選手が、アメリカのエリック・ハイデンだ。500m、1000m、1500m、5000m、10000mの5種目すべてで優勝、金メダル獲得は、現在に至るまで破られていない、前人未到の大記録だ。
特に目立ったのが、最終種目となった10000m。当時の世界記録保持者との激闘と、これまでのレースの疲労を抱えた中でのレースとなった。疲労困憊の中でも、最後の力を絞り切って1着でゴール。見事に5冠を成し遂げた瞬間だった。

サラエボオリンピック、男子500m

この大会で日本人スピードスケート選手初となるメダルを獲得したのが、北沢欣浩だ。当時は「メダル獲得確実」とまで言われていた黒岩彰がいたが、プレッシャーの影響からか成績が振るわず、10位という結果に終わってしまう。
日本が失意に包まれている中でレースに臨んだ北沢は、2位に食い込み、日本に銀メダルをもたらす。日本人初のスピードスケートのメダル獲得で、大いに盛り上がると思いきや、世間の注目は黒岩彰の失速の方に集まり、失意の中での銀メダルとなってしまった。

まとめ

スピードスケートは、0コンマ1秒を争う競技だ。コンディション調整やコース状況によって結果が大きく変わってくる。
特にショートトラックでは、選手の転倒によってレース結果が大きく変わる場合もある。 単なる実力だけではなく、複数の要素が絡み合うところが、スピードスケートの醍醐味かもしれない。

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