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上野由岐子が残したソフトボール界への功績と代償

2020 3/11 11:00佐藤翔一
上野由岐子Ⓒゲッティイメージズ
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Ⓒゲッティイメージズ

レジェンド超級の記録の数々

ソフトボールのレジェンドといえば上野由岐子(ビックカメラ)だ。2008年の北京オリンピックの金メダル獲得で上野の名は一気に知れ渡った。五輪種目として復活する2020年までソフトボールはオリンピックから姿を消すことになるが、そんな中でも上野は世界トップレベルを維持し続けてきた。

2001年からキャリアをスタートさせた上野。日本女子ソフトボールリーグで2019年までに積み上げた勝利数は233に上る。敗戦数は48なので、勝率は.829。完全試合を含むノーヒットノーランは10度を優に超え、奪った三振は2100以上、通算防御率は0点台だ(2019年シーズン終了時点)。

プロ野球界を見てみると、金田正一の通算400勝、江夏豊のシーズン401奪三振などは今後のプロ野球界において更新不可能と言われている記録だが、数字上は上野も負けていない。ソフトボールは野球と比べて点が入りにくい球技とはいえ、7イニング制で、1シーズン22試合しか行わないことを考慮すると上野の成績はレジェンド超級と言えるだろう。

約20年間、ほとんどの試合で上野が投げ、ほとんどの試合で1点あれば勝つ。そんな計算なのだ。

上野しかいないという現状

国際大会に目を向けてみよう。オリンピック種目から外れた空白の12年間、日本代表チーム最大の目標は2年に1度開催される世界女子選手権大会となった。2010年から2018年で5回行われ、日本は2012年と2014年の2度優勝している。

最大のライバル国はアメリカだ。アメリカは2010年、2016年、2018年の覇者で、いずれも日本は準優勝。つまり現在、女子ソフトボール界の勢力図はアメリカと日本に二分されている。

上野が日本のエースに君臨して以来、日本代表は絶対的王者だったアメリカに肉薄する実力を持った。しかし、同時に上野でしかアメリカに勝つことが難しくなった、というのも事実である。

2012年は、上野が2日間で3試合を一人で投げ抜き、42年ぶりに世界女子選手権優勝。続く2014年はセミファイナルとなったアメリカ戦で1失点、翌日の決勝戦でも再度アメリカに1点しか与えなかった。

上野の存在の大きさが顕著に現れた大会だったのが2016年。怪我で上野を欠いた日本代表は決勝トーナメントでアメリカ、カナダ、メキシコと対戦、アメリカにだけ勝つことができなかった。

2018年決勝のアメリカ戦でも、延長10回に逆転サヨナラ負け。アメリカは5人の投手を費やしたが、日本代表がマウンドに送ったのは上野1人だった。

次世代エース筆頭、藤田倭

そんな上野も今年で38歳となる。以前、上野は「私がこの年齢でもエースの立場にいるということが日本代表の課題」と口にしていた。東京オリンピック後を見据えて、日本は上野に替わるエースを育成しなければならない。

次世代エースの筆頭は太陽誘電の藤田倭(やまと、29)だろう。上野不在の2016年世界女子選手権。決勝トーナメントでは最も多くの回数を投げた。

藤田の魅力はなんといっても“二刀流”だ。2016年のリーグ戦では投手として最多勝、打者としてホームラン王と打点王を獲得している。上野には無かった、投げて打てるエース像を期待したい。

上野の薫陶を受けた濱村ゆかりと勝股美咲

上野が所属するビックカメラにも、期待の若手投手がいる。濱村ゆかり(24)と勝股美咲(20)だ。いずれも代表に選ばれている。まだ20代前半であり、上野と同チームであることを考えると、まだまだ成長が期待できる。

昨年のリーグ戦序盤、上野は打球を左顎に受けて戦線を離脱した。その間、ダブルエースとしてチームを優勝に導いたのがこの2人。濱村は5勝3敗、防御率2.28、勝股は7勝0敗、防御率1.72という成績を残している。

パリ五輪除外、上野ロスという将来

上野が現役でいられる時間は、そう長くない。東京オリンピックの結果にかかわらず、次のパリオリンピックでソフトボールはまたも除外となった。上野ありきの日本代表チームだっただけに藤田、濱村、勝股らは「自分が上野の代わりになれるのか」とプレッシャーを感じていたはずだが、彼女たちに上野レベルを求めるのは酷だ。

そもそも上野は別次元だったのだ。世界中の女子ソフトボール界において、後にも先にも上野のような投手は現れないのではないか。「上野がいないとアメリカに勝てない」云々ではなく、たまたま100年に1人の逸材が存在しているだけなのだ。

となると、チームカラーを一新する必要がある。これまで、アメリカ戦は「上野が抑えて最少得点で勝つ」という戦術だった。それを「複数の投手で3、4失点に抑え、全員野球で5点を取る」という方向にシフトチェンジする。投げて打てる藤田を投打の中心とし、上野イズム継承者である濱村と勝股の継投。となると、これからの日本代表に必要なピースは、藤田の前後を打てる強打者とサウスポー投手だろう。

次世代の日本代表は、上野の踏めない影を追うのではなく、全く新しいチームに生まれ変わらなければならない。オリンピック除外、レジェンドとの比較、様々な逆境に立たされた世代。どうか、アメリカと渡り合える世界トップクラスのチーム力を維持してほしい。オリンピック再復活を信じて。