無名のヴェンゲルとアーセナルのインビジブルズ
アーセン・ヴェンゲルとアーセナルFCの出会いは、決して印象の良いものではなかった。名古屋グランパスエイトで監督を務めていた彼をイングランドで知っている者は少なく、アーセナルにやってきた時には「誰だ」と思ったサポーターも少なくなかったという。
しかし、就任してすぐに後にスター選手となるパトリック・ヴィエラの獲得を主導するなど、フランスからの選手獲得ルートを開拓。名古屋の前にフランスなどで十数年にわたって監督修行していたことは無駄ではなかった。「オクトパス」と称されるヴィエラはヴェンゲルのもと才能を開花させ、アーセナルとフランス代表のキャプテンとなっている。
2003-04シーズンにはプレミアリーグで無敗優勝を達成。翌シーズンにはFAカップ優勝も成し遂げるなど好調を維持。無敵のチームを意味する「インビジブルズ」と呼ばれる。旧来のアーセナルはカウンター重視のサッカーだったが、彼が重用したヴィエラ、ロベール・ピレス、ティエリ・アンリらフランス人選手らがそれを覆した。ヴェンゲルが掲げたパスサッカーの下で、彼らはショートパスを多用しつつゴールに迫る。速い楔のパスにバックパスも織り交ぜ、確実にゴールに迫ることができた。
この新しいアーセナルの登場で、プレミアリーグのサッカーは新たな段階へ進む。グアルディオラ率いるFCバルセロナのパスサッカーよりも早く、イングランドにパスサッカーの潮流を持ち込んだといえる。
スタジアム移動からの暗黒時代と「WENGER OUT」
無敗優勝を経験したアーセナルだったが、2006年に100年近く使用してきた本拠地ハイベリーを後にすることとなる。後に移るエミレーツ・スタジアムの建設費は膨大な金額で、この移転を境にアーセナルは緊縮財政を強いられるようになった。そのさなか「ビッグ・ロンドン・ダービー」の宿敵であるチェルシーFCにアシュリー・コール、マンチェスター・ユナイテッドFCにロビン・ファン・ペルシー、バルセロナにはセスク・ファブレガスの移籍を余儀なくされる。
クラブには彼らを留め置く資金も、彼らと同じレベルの選手を連れてくる資金もなかった。
アーセナルからは「インビジブルズの面影が消えてしまった。この頃からヴェンゲルのパスサッカーは、FAカップやコミュニティ・シールドを制覇できても、強豪ひしめくプレミアリーグを制するだけの余力は残されてはいなかった。リーグ序盤は調子が良くても、中盤に差し掛かると負傷者が続出。アーセナルにとって野戦病院状態に陥ることは珍しい状況ではなくなる。ヴェンゲルはこのような難しい状況でもチームを上手くやりくりしながら、19年にわたってCL出場権を獲得した。
しかし、今思えば2017年3月のFCバイエルン・ミュンヘン戦での敗北が、決定的なトリガーだった。2戦合計で10-2という負け方はあまりにも屈辱的で、サポーターの我慢は限界に。「WENGER OUT」の合言葉とともに、彼の解任を求める運動が熱を帯び始めた。だが、この直後にチェルシーを下してFAカップを制したことで一旦は沈静化する。
それでもアーセナルはヴェンゲルと袂を分かつことを決意。一時代を築いたヴェンゲルとの22年の歴史に幕を引く。
ヴェンゲルが去った後のアーセナルに起こる改革とは？
ヴェンゲルがいなくなることで、今後のアーセナルは大きく変わっていくことが容易に想像される。それはヴェンゲルが掲げていたパスサッカーという戦術の変更もそうだが、それよりも重大なのは選手の流出だろう。
特にアーセナルの中盤として輝きを放つ、メスト・エジルの移籍は実現してしまう可能性が高い。彼は2017-18シーズンで契約が切れる予定だったが、クラブ側との延長交渉が難航。何度も交渉を繰り返しながら、2018年２月に３年半の新契約をやっと締結させている。
エジルの契約延長が難航した理由には、彼をアーセナルに連れてきて重用したヴェンゲルの去就がある。「WNGER OUT」のさなかで高まる解任説は、アーセナルが試合に敗れる度に何度も実現に近付きつつも微妙な均衡を保ってきた。そのバランスが解任という決定に振り切った今、エジルがアーセナルに居続ける理由の1つが無くなったといえる。アーセナルとの契約延長は実現したが、移籍の可能性はゼロではない。サポーターの脳裏には、契約延長に応じることなくユナイテッドに移籍してしまった、アレクシス・サンチェスと同じ道を辿る未来がちらついている。
たとえヴェンゲルやエジルが不在でも、アーセナルを立て直せる監督が来てくれれば問題はない。その候補にあがっているのがクラブのレジェンド、パトリック・ヴィエラだ。ヴェンゲルとアーセナルの行く末には、大きな注目が集まっているが果たして……。
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