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【水色の戦士】セルヒオ・アグエロが築いたシティの伝説

2017 10/13 10:05dai06
セルヒオ・アグエロ選手
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アグエロの誕生とメッシとの比較

セルヒオ・アグエロ選手(以下、敬称略)は、1988年6月2日にアルゼンチンのキルメスで生まれた。
愛称は「クン」。由来はアグエロが見ていた日本のアニメ、『わんぱく大昔クムクム』の主人公クムクムにある。幼かった頃のアグエロは、この主人公を「クン」や「クー」と呼んでおり、それがそのまま今の愛称になったそうだ。
キルメスは首都であるブエノスアイレスから程近いところにあり、人口は20万人。特産品はアルゼンチンの国内市場の7割を占めるビールだ。

アグエロは1997年にCAインデペンディエンテ(以下、インデペンディエンテ)の下部組織に入団し、トップチームまで駆け上がる。2003年には15歳と35日でアルゼンチンのリーグであるプリメーラ・ディビシオンに出場。同胞のレジェンドである、ディエゴ・マラドーナがもっていた最年少出場記録を更新する。

まだ若く出場機会は限られたアグエロだったが、2005ー06シーズンにはスタメンに定着し始める。そのシーズンは18試合で9得点を記録。これからの成長が期待される存在となっていった。

同時期にはリオネル・メッシ選手(以下、敬称略)が、FCバルセロナ(以下、バルセロナ)でブレイク。同年代かつ同胞の選手ということもあり、度々比較されるようになる。
どちらもドリブルスキルに長け、シュートセンスもあるが、プレースタイルは全く違うのだが、アグエロには「NEWメッシ」というレッテルが貼られるようになる。

アトレティコ・マドリードでのブレイクとプレースタイル

2006-07シーズンからは、アトレティコ・マドリード(以下、アトレティコ)でプレーを始めた。
インデペンディエンテでの活躍は広く知れ渡っており、アトレティコへの入団は大きな注目を集めた。誰もが、アグエロの活躍を間違いないものと思っていた。

アグエロはその期待を裏切ることなく、きっちりと結果を積み上げていった。
アトレティコの生え抜きであるフェルナンド・トーレス選手とタッグを組み、抜群のコンビネーションを披露した。アグエロが左右に開いて相手DFを引き付け、トーレスがゴールにボールを沈める、あるいはその逆もしかり。2人が連動的にピッチを駆ける動きは圧巻だった。

アグエロ自身はドリブルスキルに長ける。柔らかいタッチを駆使しつつも、爆発力のある突破で相手選手を置き去りにすることが可能だ。ボールを受けた後に、身体を反転させての突破も得意であるため、中央の高い位置でもプレーすることができる。この時に、前述のトーレスにパスを供給することでも、連携を成り立たせていたのだ。
このようなプレースタイルは、攻撃陣の豊富なアルゼンチン代表においても遺憾なく発揮されている。

2007-08シーズンは、相棒のトーレスがいなくなったものの、新戦力であるディエゴ・フォルラン選手(以下、敬称略)と強固なタッグを組んだ。このシーズンにリーグで記録したゴールは20で、FIFA際有望選手賞を獲得した。
2008-09シーズンにはフォルランの攻撃をアシストすることに徹底したものの、リーグで17得点を記録。フォルランの方はリーグ最多となる32得点を記録している。

アグエロはアトレティコで完璧にブレイクした。自身で点を取ることも、味方を活かすこともできる万能型のFWとしてのプレースタイルを確立させたのだ。メッシとは全く違う存在だ。

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