10代の”ちょっと”サッカーが上手い少年
ネイマール選手が日本のサッカーファンに広く知れ渡るようになったのは、2011年のFIFAクラブワールドカップの頃だろう。
当時ブラジルのサントスFCに所属していたネイマール選手は、弱冠19歳。顔にはあどけなさが残り、身体の線も細く「サッカー小僧」という言葉が似合っていた。少し悪く言えば、「ちょっとサッカーの上手い子ども」だろうか。
とにかく彼の実力をいまひとつ理解できないファンにとっては、彼の外見からはあまり良い印象を受けなかったかもしれない。
ヘアースタイルはトサカのようになっており、単発の波に乗った荒削りな若手といった感が拭えなかった。
サッカー界においては、選手のヘアースタイルはことごとくピックアップされ、やれ「調子に乗っている」だの、やれ「サッカーに集中しろ」だのと、非難の対象になることもしばしば。ご多分に洩れず、ネイマール選手もそうだったのではないだろうか。
しかし、この大会でみせたネイマール選手のプレーは、ただの調子の乗ったサッカー小僧では全くなかった。特に日本の柏レイソル戦ではフェイントでマークについた選手を欺き、素晴らしいゴールを決めてみせた。
この瞬間「この若者は他とは違うな……」とある種の恐怖を覚えた方もいらっしゃったのではないだろうか。ちょっとどころか、ずば抜けてサッカーが上手いのが若き頃のネイマール選手の正体だった。サッカー界でも人を見た目で判断してはいけない。
バルセロナのネイマール、世界最高峰との共演
ネイマール選手は2013−14シーズンから欧州の地へ挑む。選んだのはFCバルセロナ(以下、バルセロナ)。移籍市場の裏側では12歳の頃にレアル・マドリードCFと(以下、マドリー)契約を結ぶ可能性もあったとされている。
バルセロナに移ってからは左サイドでWGとしてプレーしている。当時にバルセロナにはペドロ・ロドリゲス選手やアレクシス・サンチェス選手、そして世界最高峰として名高いリオネル・メッシ選手が前線で躍動。ネイマール選手は彼らとポジション争いを繰り広げることとなる。
結果として、サンチェス選手とペドロ選手をベンチへと追いやるようになり、遂にこの両選手は他クラブへと移籍。ポジション争いを見事制した。
メッシ選手はバルセロナの絶対的存在であり、スタメン落ちすることはない。移籍も当然あり得ないことだった。若きネイマール選手は世界最高峰のクラブで世界最高峰の選手達とのキャリアを歩み始める。
MSNはどうして点を獲れるのか
2013−14シーズンにネイマール選手を獲得したバルセロナは、翌年の2014−15シーズンにルイス・スアレス選手を獲得。ここにMSNが結成されることとなった。MSNは、「メッシ(M)、スアレス(S)、ネイマール(N)」、バルセロナの前線でトリオを組む3選手の頭文字からなる造語だ。
メッシ選手とネイマール選手だけでも、「共存はできるのか?」、「それぞれ独りよがりになるのではないか?」と不安視する声が多かったバルセロナ。そこにルイス・スアレス選手が加わることとなったのだから、「いよいよバルセロナの哲学が崩壊するのでは」といった声があったことも事実だ。
バルセロナにはティキ・タカと呼ばれるパスサッカーがクラブの哲学として浸透している。ティキ・タカは独りよがりになるのではなく、選手間での綿密な連携と自己犠牲によって成り立つプレースタイルだ。
個々のクオリティが高い分、MSNの3人がティキ・タカの精神に従うことができなくなるのではというの心配はよくわかる。しかも、3人目がスアレス選手だ。過去の噛み付き問題やメンタル面の未熟さも問題視された。
ただ、MSNは結果を出し始める。MSN誕生から100試合目には、メッシ選手が出場84試合で86ゴール33アシスト。ネイマール選手が出場79試合で56ゴール24アシスト。スアレス選手が出場86試合で68ゴール39アシストを記録。共存を不安視する声は一気に吹き飛んだ。
MSNはどうして点を獲れるのか
MSNがどうして点を獲れるのかというと、「3選手の相互理解が浸透しているから」というのが答えになるのではないだろうか。
お互いが得意としているプレー、意図している動き出し、ボールを受け取りたい位置、シュートコース。潜在意識として脳内に巡っているであろうイメージや試合勘を、共通認識として持っているようだ。
バルセロナの攻撃パターンについて、もっと具体的に説明しよう。
中央に位置取りするスアレス選手は、リヴァプールFC時代より両サイドから攻め上がる選手の動きを意識するようになった。ネイマール選手とメッシ選手はサイドから相手選手を引き付け、徐々にスアレス選手のマークを引き剥がしていく。
そこでスアレス選手に再度パス。スアレス選手へのマークは薄くなっているから、そのまま得意のダイアゴナル・ランで抜け出すこともできるし、対応に慌てている隙に再度ネイマール選手やメッシ選手にボールを託しても問題ない。
さらには、中盤のアンドレス・イニエスタ選手やイヴァン・ラキティッチ選手からの楔のパスでも、MSNはバリエーションに富んだ攻撃を繰り出すことが可能だ。
そうして細かなパス交換、つまりはティキ・タカの哲学に則り相手の守備陣形を破壊。ゴール前でも落ち着いてボールを沈めていく。
次世代のレジェンドが織りなすサッカー界
2010年以降のサッカー界は、「メッシとクリスティアーノ・ロナウドの世界」といっても過言ではない。両者ともに圧倒的な存在感と実績を誇り、さらにはバルセロナとマドリーという因縁の関係。サッカーファンにとって彼らが同時期に存在していることは奇跡のようなことだ。
ただ、彼らはすでに30代を迎えておりキャリアの終盤に差し掛かろうとしていることも事実だ。サイドを主戦場とするも、そのドリブルスピードは年々落ちているとの声もあるし、ストライカーや司令塔として中央でプレーする機会も増えてきた。どの選手にも老いというものはやってくる。
ネイマール選手は1992年生まれ。ブレイク自体が早かった分、もう長くキャリアを送っている様な気もするが、まだまだこれからの選手だ。メッシ選手もクリスティアーノ・ロナウド選手もいなくなったサッカー界では、ネイマール選手がその後継になることは容易に予想ができる。
そしてきっと、ネイマール選手がキャリアの終盤を迎える頃には、また別の偉大な選手が現れているはずだ。
私達サッカーファンは、偉大な選手が去っていく度に悲しさを感じ、偉大な選手がやってくる度に興奮を覚えるはずだ。