「スポーツ × AI × データ解析でスポーツの観方を変える」

ブンデスリーガでチームキャプテンを務める初の日本人、酒井高徳

2017 4/12 20:20Aki
gotoku sakai
このエントリーをはてなブックマークに追加

名門ハンブルガーSVのキャプテンに就任

東洋のコンピュータと呼ばれた奥寺康彦氏を皮切りに、数々の日本人選手がプレーしてきたドイツ・ブンデスリーガ。奥寺氏は1977-1978シーズンに1.FCケルンで優勝し、2006-2007シーズンには高原直泰氏が日本人初のハットトリックを決めた。その後は長きに渡ってプレーをし、日本代表のハビエル・アギーレ監督から「生まれながらのリーダー」と評価された長谷部誠選手や、センセーショナルな活躍をした香川真司選手など、日本人選手が最も活躍したヨーロッパのトップリーグだ。
ハンブルガーSVで2シーズン目を迎えた酒井高徳選手は、マルクス・ギスドル監督が就任するとゲームキャプテンに指名される。
これは日本人選手が初めてブンデスリーガでキャプテンとなったと同時に、今シーズンのブンデスリーガにおいて最年少キャプテンが就任した瞬間でもあった。

ニューヨーク生まれ新潟育ち

父親が日本人、母親がドイツ人という家庭のもと、4兄弟の次男としてニューヨークで生まれた酒井高徳選手。しかしニューヨークにいたのは2歳の頃までだった。父親の仕事の関係で新潟県に移ることになり、10歳の時にサッカーをはじめ、高校入学と同時にアルビレックス新潟の下部組織、アルビレックス新潟ユースに加入する。
ちなみに酒井高徳選手の家庭はスポーツ一家として知られており、長男である酒井高喜さんは名門天理大学の柔道部に所属した柔道家だ。次男である酒井高徳選手以下の3人は全員サッカーをし、三男の酒井宣福選手、四男の酒井高聖選手は現在アルビレックス新潟でプレーしている。
酒井高徳選手が本格的にサッカーをはじめた年齢は10歳で決して早くはなかったが、アルビレックス新潟ユースに加入した高校1年生からアンダーカテゴリー代表に選ばれた。
/p>

おすすめの記事