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歴代のストライカーが手にした「異名」まとめ

2016 11/29 21:30
サッカー
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Photo by Antonio Scorza / Shutterstock.com

サッカー史に名を残す、各国のストライカーたちが持つ「異名」にスポットを当てる。プレーぶりや性格から世間が作り上げたニックネームを紹介する。

【爆撃機】ゲルト・ミュラー(ドイツ)

1970年代に活躍した西ドイツ人ストライカーが、ゲルト・ミュラーだ。地元クラブでの活躍を認められ、ドイツの名門バイエルン・ミュンヘンに移籍。15シーズンにわたり、エースストライカーとして活躍した。足が速いわけでもなく上背があるわけでもなかったが、ずば抜けた得点感覚がエースたる所以。どんな体制でも、どのエリアからでもゴールを奪える力があったのだ。
持ち味のスピードで、あっという間にゴールネットを揺らすその攻撃力ゆえに、彼が授かった異名は「爆撃機」。ブンデスリーガでは427試合に出場し365得点、西ドイツ代表では62試合で68得点という、驚異的な記録を打ち立てた。

【アイスマン】デニス・ベルカンプ(オランダ)

オランダが誇る万能型ストライカーが、1990年代に活躍したデニス・ベルカンプだ。1986年、ユース時代を過ごした母国のアヤックスで弱冠17歳にしてトップチームデビューを飾り、トップチームに定着、1990年から3年連続リーグ得点王の座に輝いた。239試合122ゴールという記録を残し、インテル(イタリア)を経て、イングランド・プレミアリーグのアーセナルに移籍する。
華麗な身のこなしから、芸術的なゴールを数多く決めてきた彼の異名は「アイスマン」。そっくりとされた俳優のヴァル・キルマーが映画「トップガン」で演じていた同名の役が由来でもあり、パワー溢れていながら随所で見える冷静沈着なプレーぶりを評して名付けられた。

【超常現象】ロナウド(ブラジル)

ロナウドは、1990年代後半にサッカー界に衝撃を与えたブラジル人ストライカーだ。キャリア通算で4度のワールドカップに出場、1998年のフランス大会では準優勝ながらMVPに選ばれた。1994年にオランダのPSVに移籍すると、その後FCバルセロナ、インテル、レアル・マドリード、ACミランとスペイン・イタリア両国の2強クラブすべてに在籍。キャリア通算で343試合に出場、247ゴールを決めた。キャリアを代表するゴールとされているのが、バルセロナ在籍時代の60mドリブル独走ゴール。彼の代名詞である圧倒的なスピードとテクニックで、DFを翻弄することからついた異名が「イル・フェノーメノ(超常現象)」。予測不能なプレーでゴールを量産した。2度の靭帯断裂などケガに泣かされることもあったが、与えたインパクトは他と比較にならないほど大きいもので、記憶に残るストライカーだ。

【闘牛士】マリオ・ケンペス(アルゼンチン)

アルゼンチン代表として43試合に出場し20得点。1978年母国で開催されたワールドカップで得点王(6得点)とMVPをダブル受賞、アルゼンチンの初優勝の原動力となった。アルゼンチンだけでなくスペイン、オーストリアやチリ、インドネシアでもプレーしたが、キャリア最盛期は母国のロサリオ・セントラルとバレンシア(スペイン)で過ごした20代。ゴール前に構える典型的なセンターFWではなく、運動量で敵陣をかき回しながらゴールを狙うストライカーだった。
長髪をなびかせピッチを駆け回るその姿から、「エル・マタドール(闘牛士)」という異名を授かった。

【銀狐】ファブリツィオ・ラバネッリ(イタリア)

1990年代に活躍したイタリア人ストライカー。優れた技術もなければ、華やかさもない。しかし、他よりも抜きん出た優れた得点感覚を持つ点取り屋だった。ボールを奪うためのハードワークを厭わず、泥臭くゴールを奪ってきた感じの強いストライカーだが、その熱いプレーを懐かしむファンも多く存在する。若白髪が目立つ風貌と背中を曲げてプレーするその様から、「銀狐」の異名をとった。
ユベントスでは、セリエA、コッパ・イタリア、チャンピオンズリーグでの優勝を経験。イングランドやフランスでプレーした後、所属したラツィオではスーパーサブとして活躍した。イタリア代表でもロベルト・バッジョと息の合ったコンビプレーを見せて活躍した。

まとめ

人々の記憶に残るプレーを見せつけたからこそ、異名は与えられるもの。本稿で紹介した5名以外にもサッカー界にはたくさんの異名を持つ選手が存在する。さまざまな選手の異名との関連性も含めてサッカー観戦してみてはいかがだろうか。

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