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8番とは異なる形で受け継がれていくセレッソ大阪の背番号20番

2017 12/27 16:18Aki
セレッソ大阪
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セレッソ大阪の特別な番号8番と20番

セレッソ大阪の特別な番号といえばやはり8番。森島寛晃氏にはじまり、香川真司選手、清武弘嗣選手、柿谷曜一朗選手と受け継いだ背番号8番は、セレッソ大阪サポーターでなくとも誰もが知る特別な番号だ。
しかしセレッソ大阪のホームゲームでは、この8番ともう1つ番号が大きく書かれたフラッグが掲げられている。その番号とは20番だ。セレッソ大阪にとって20番は8番と並んで特別な番号の1つとなっている。

しかし20番は、8番の様に常に特別な番号であったわけではない。1997年に固定番号制度が始まった際の初代20番、百武義成氏のJ1出場試合はキャリアを通じて24試合しかなく、その後20番をつけた橋口勝氏、宮川大輔氏も同様だ。
そんな20番を特別な番号としたのは、2002年から4代目20番となった西澤明訓氏。セレッソ大阪サポーターからは「アキ」の愛称で今なお親しまれている。

日本を代表するストライカー西澤明訓氏

サッカーの街、静岡県清水出身の西澤明訓氏は、水東高校時代から将来を有望視されるストライカーとして知られていた。いくつものクラブからオファーがあったが、最終的に地元清水エスパルスとセレッソ大阪が最終候補となり、1995年にセレッソ大阪に加入した。決め手となったのは1年間のオランダ留学だった。

実際にセレッソ大阪加入から半年後、1995年の夏にオランダのシーズンが開幕すると、2部のFCフォレンダムに期限付き移籍となりオランダで1シーズンプレーした。
帰国後は小柄な森島氏と、サイズだけでなくスケールの大きいプレーを見せる西澤氏とのデコボココンビでチームを牽引。2000年にはトルシエ監督率いる日本代表でブレイクした。
モロッコで行われたハッサン2世杯、フランス代表戦では森島氏と西澤氏のゴールで2-2の引き分けに持ち込んだ。しかしこの期間、西澤氏がつけていたのは背番号9番や10番であり、20番ではなかった。

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