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サガン鳥栖の象徴、高橋義希がつける14番

2018 1/4 15:41Aki
背番号14
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高橋義希選手が14番をつけるきっかけ

高橋選手はルーキーイヤーには28番、2年目は13番、そしてキャプテンとなった3年目から14番を背負うことになる。 サッカーの14番といえば、ヨハン・クライフ氏の番号ということもあり人気の高い番号ではあるのだが、高橋選手がこの番号を背負うようになったのはクライフ氏とは全く関係はない。
高橋選手の14番は、サガン鳥栖でその前年まで14番をつけたシュナイダー潤之介氏(現ザスパクサツ群馬ゴールキーパーコーチ)から受け継いだのだ。シュナイダー潤之介氏は2005年のサガン鳥栖のキャプテン。

高橋選手はそのシュナイダー潤之介氏からキャプテンを引き継ぐにあたって、背番号14番を譲って欲しいと高橋選手自ら申し出たそうだ。(シュナイダー潤之介氏は2006年から背番号1に変更)抜群のリーダーシップを持つシュナイダー潤之介氏は、ルーキーイヤーから奮闘する高橋選手を弟の様にかわいがっていた。
高橋選手はそんなシュナイダー潤之介氏の姿を見て、理想のキャプテン像としたのだ。

14番と共に成長した高橋義希選手

14番をつけた20歳の高橋選手は、サガン鳥栖のキャプテンとして抜群の存在感を見せる。前年までは攻撃的なポジションでプレーしていたが、2006年より守備的ミッドフィルダーへとコンバート。
このシーズンに加入した後にクラブの監督にもなる尹晶煥氏(現セレッソ大阪監督)と務めたダブルボランチはコンビネーション抜群。若さと運動量の高橋選手と、経験とテクニックの尹晶煥氏でお互いを補完し合う名コンビとなった。

そしてこの2人を中心としたサガン鳥栖は大躍進を見せ、当時のクラブ史上最高位となるJ2で4位を記録。J1昇格まで後一歩と迫った。
この後、2008年にクラブからの依頼でサッカーのエースナンバーである10番をつけることになるが、翌年にはすぐに14番復帰。さらにJ2で屈指の守備的ミッドフィルダーへと成長していたことで、2010年にはJ1に昇格したベガルタ仙台へと移籍するが、2年目からは14番をつけている。

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