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コンサドーレ札幌の歴代監督がチームに残したモノ

2017 10/13 11:07SOL
サッカーボール
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Photo by prochasson frederic/shutterstock.com

1998年の参戦以来、コンサドーレ札幌がJリーグの舞台で戦い続けて20年の月日が流れた。 この間、トップチームの監督として北の大地を踏んだのは13人だ。 本稿では、1999年から3シーズンにわたり監督を務めた岡田武史氏と、現任の四方田修平監督の2人の功績にスポットを当てる。

ワールドカップを経験した前代表監督も苦労したJ2の舞台

日本代表が初めてワールドカップに出場し、世界の壁の高さを思い知った1998年。その代表チームを率いていた岡田武史氏が日本代表監督を退任後に選んだ舞台が、当時J2所属のコンサドーレ札幌だった。監督就任は1999年から。ジェフ市原(当時)でコーチの経験はあったものの、Jリーグの監督職は初めての挑戦だった。
コンサドーレも前年のJ1リーグで下位に沈んで降格し、J2からやり直しを始める時期。十分な準備をして挑んだつもりだったが、本人曰く「思いのほか実力が拮抗したリーグだった」という印象があり、札幌1年目は勝ち星をうまく重ねることができず、リーグ5位で終了する。

ディテールにまで徹底的にこだわった岡田改革とは?

1年でのJ1復帰こそ達成できなかったものの、岡田監督はあらゆる角度から問題点を洗い出し、シーズンを通して改革を断行し続けた。まずは選手の意識改革。J2に降格して以来、今ひとつ奮起できずにいた選手一人ひとりに、再度プロ意識を注入し「勝者のメンタリティ」を育んだ。
そして、チーム戦力にもテコ入れを実施。堅守速攻をベースとした岡田スタイルを根付かせるべく選手育成にも務める。また、新戦力の獲得もスカウト任せにするのではなく、自ら選手獲得に奔走。資金力はないため、J1クラブで控えに甘んじながらも実力を持ち合わせた選手を中心にリストアップした上で、チームにとって本当に必要な戦力を見極める作業を自らが行ったのだ。
これにより、無駄がなく、堅守速攻をベースとした岡田スタイルに見合う戦力を整えることに成功した。

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