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川崎フロンターレの背番号10番が持つ歴史を変える大島僚太選手

2017 9/13 14:03Aki
サッカー
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日本人選手として初めて10番をつけた大島僚太選手

2016年1月17日に行われた川崎フロンターレの2016シーズン新体制発表会で、この歴史が大きく変わる発表が行われる。
前年まで背番号16番を背負っていた大島僚太選手が、クラブ史上初めて日本人選手として背番号10番を背負う事になったのだ。

これには川崎フロンターレサポーターにとっても2つの大きな驚きがあった。
1つは10番はこれまでブラジル人選手のみがつけてきた番号であった事。そしてもう1つは大島選手がそれまでつけていた16番が、中村憲剛選手のつける14番の様に大島選手の象徴として新たな大切な番号になるのではないかと考えていたからだ。
大島選手が川崎フロンターレに加入したのは2011年。静岡学園高校時代は3年生の途中までは全国的にも無名の選手だったが、2010年9月に行われた高円宮杯全日本ユース選手権でブレイク。本人は大学進学を考えていたが11月に入り急遽川崎フロンターレ入りが決定し、背番号30番が与えられた。プロ入り3年目となる2013年に背番号16に変更すると、チームの中心選手としてはもちろん、日本代表にも選出されるなど大きな飛躍を果たす。この16番は大島選手のブレイクと共にあった番号だった。

大島僚太選手の10番に込められた思い

大島選手に背番号10番への変更を持ちかけたのは、クラブの強化部だったという。
かつての川崎フロンターレは強力なブラジル人アタッカーを前線に揃えるチームだったが、近年のチームの主役は日本人選手となり、華麗なパスサッカーを繰り広げるチームへと変貌。そんなチームの中で10番にふさわしい選手は、大島僚太選手しかいないという事だったそうだ。
この打診を受けた大島選手は、名誉だと感じると同時に戸惑いもあったという。
自分は他のクラブでのプレーを認められ移籍したわけでもない。これまでのクラブが積み上げてきた10番とはプレースタイルも含めて全てが異なるからだ。
この変更について大島選手本人より相談を受けた中村憲剛選手は、大島選手が10番を背負う事に疑問符をつける人はいないと伝え、自分なりの10番像を作っていけばいい、チームのために全身全力で頑張っていれば自然とそうなる、と語ったそうだ。
川崎フロンターレの14番のイメージを作り上げた中村選手にその様に伝えられた大島選手はこの10番への変更を受け入れ、この10番を自らの成長のきっかけとなるプレッシャーにしようと決意したという。

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