6シーズン目を迎えたミハイロ・ペトロヴィッチ体勢
2012年に浦和レッズの監督に就任したミハイロ・ペトロヴィッチ氏は、2017年で6シーズン目を迎える長期政権となっている。
ペトロヴィッチ氏はサンフレッチェ広島でも6シーズンに渡りチームを指揮しており、日本での監督のキャリアとしては12年でありながら、指揮したチームは僅か2チームのみ。一か所にじっくり腰を据え指導していくという、安定したスタンスがチームに安心感を与えている。
浦和レッズでの過去5年間は、3位2回、2位2回と常に優勝争いに絡む好成績を残している。特に2016年はチャンピオンシップに敗れ2位となったものの、J1が18チームによる2回戦総当りになって以降としては、「最多タイ」となる74もの勝ち点を獲得している。
毎年優勝争いに絡みながらもリーグチャンピオンには届かず、またカップ戦でもタイトルに届かない事が続いたため「勝ちきれない」「勝負弱い」と言われることもある。しかし、ペトロヴィッチ監督就任直前の2011年には残留争いに巻き込まれていたこともあることを考えると、現在リーグトップクラスの好成績を維持している手腕は評価に値するものだろう。
悲願のリーグチャンピオンを目指すミハイロ・ペトロヴィッチ監督率いる浦和レッズの2017年を分析する。
ペトロヴィッチ監督の代名詞、「ミシャシステム」
ペトロヴィッチ監督の代表的な戦術は、サンフレッチェ広島監督時代に作り上げた守備時と攻撃時で選手の配置が変化する「可変システム」である。ペトロヴィッチ監督の愛称から「ミシャシステム」とも呼ばれる形だろう。
フォーメーション表記では最終ラインが3人で、その前にダブルボランチとウイングバック、そして前線には1トップ2シャドウとなる3-4-2-1で記載されている。この形を基礎とし、攻守においてフォーメーションを変化させるのだ。
まず守備の時は両サイドのウイングバックが下がり、2シャドウがサイドのスペースをカバーする5-4-1の形となる。前線からプレッシングをかける際に両サイドが前に出ることもあるが、スタート地点はあくまで5-4-1だ。
一方、攻撃の時には、ボランチの1人が最終ラインに入ることで4バックとなり、中盤にのこるのはボランチの1枚のみ。さらに前線には両サイドのウイングバックと両シャドウが前線に並ぶ、4-1-5のフォーメーションへと変化する。
前線で5人が横に並ぶことで、相手が4バックの際にはでディフェンスの間にポジションを取ることができ、あらゆる場所で数的な有利性を得ることができる。
また最終ラインでも4バックに変化し、ゴールキーパーを含めると5人になることで相手のプレッシングを受けた場合、ボールの避難場所も確保できている、という設計だ。
攻撃の形では、前線の5人と、ゴールキーパーも含めたディフェンス5人の中間に、「たった1人ボランチの選手を残す」事がポイント。
前後に5人ずつの選手を配置することで、相手チームの守備陣形を分断させ、ぽっかり空いた中央のスペースは、この1人残ったボランチの選手が使うこととなる。
「ミシャシステム」の進化
「ミシャシステム」の特徴は、それぞれの選手の立ち位置、つまりポジショニングで、「優位を作ることを狙った」形であるということ。
その為、各ポジションで選手のポジショニング、動き方が体系的に決まっている。例えば対戦相手が4バックを採用してきた時には、「各選手がどこにポジショニングをとり、どこに動けば、相手のどの場所にスペースができやすいか」までもが、チーム内で共有されているのだ。
そのため、速いテンポで面白いようにボールが移動し、複数の選手が絡んだコンビネーションで相手ゴールに迫ることができるのである。
とはいえ、浦和レッズがこの「ミシャシステム」を使用するようになって既に6シーズン目。また、サンフレッチェ広島自体を含めるとおよそ10年となる。
その間に当然ながら、この「ミシャシステム」への他チームによる研究もかなり進んでおり、「ミシャシステム」自体にも進化が求められている。
近年浦和レッズが進めているこの「ミシャシステム」の進化で、最もわかりやすいものが、3バックの右に入る森脇良太選手のポジショニングの変化だろう。
時にはボランチにもなる森脇良太選手
森脇選手のフォーメーション図上でのポジションは3バックの右センターバック。しかし、攻撃時と守備時でフォーメーションが変化する「ミシャシステム」では、攻撃時に右サイドバックへと変わる。
その為、これまでも、森脇選手が右サイドでオーバーラップする場面は何度も見られた。
森脇選手が右サイドを駆け上がることで攻撃に厚みを加えられるのだ。
しかし今シーズンの森脇選手は、これだけではない新たな動きも見せるようになっている。
新たな動きとは、「中央に入っていく形」。
これまでの様にサイドを駆け上がるのではなく、中盤で1人残る柏木選手の隣に入る。つまりボランチのポジションに入って、そこから両サイドや前線にパスの配給を行うという、ボランチとしてのプレーも行うようになったのである。
これは、ドイツの強豪バイエルン・ミュンヘンで、2013年から2016年まで監督を務めた、ジョゼップ・グアルディオラ氏が好んで行っていた戦術にヒントを得たものなのだろう。
対戦相手からすると、まっすぐ前に出てくるのか、それとも中央に入るのかがわからない森脇選手のこの動きは非常に厄介だ。
縦にも横にもポジションを移動するので、守備側は無理に追いかけると守備のバランスが崩れる。それを防ぐためには、守備側はマークを受け渡す必要があるのだが、受け渡すという事はその都度、誰がマークをするのかの判断を常に迫られる事になる。
もし判断をミスしマークが遅れてしまうと、フリーの状態で一気に前線にボールを届けられることになるのだ。
メリットは攻撃面だけではない森脇選手のボランチ化
森脇選手のボランチ化は、先に書いた攻撃面でのメリットがわかりやすい。
しかしこの戦術の最大のメリットは、実は守備面にある。
浦和レッズは2013年以降、4シーズン連続ポゼッション率がリーグ1位。この数字からもわかるように、戦い方のベースはボールを保持することにある。
ボールを保持するチームにとって、最も注意しなければならないのは、相手チームのカウンターである。
ボールを保持するためには、ボールよりも前に多くの選手がいなければ成立しない。言い換えれば、ボールより後ろにいる選手は少ないという事でもある。つまり、相手チームがボールを奪う事ができれば、カウンターを狙うスペースが十分あるという事だ。
カウンターを受けた時におこる最も危険な状態は、最短距離でゴールに迫られること。相手に早く攻められれば攻められるほど、守備に戻る選手が間に合わないため、決定的な状況を作られやすくなってしまう。
ここで重要な役割を担っているのがボランチのポジションにいる選手。
相手が直線的にゴールを目指してくる事に対して、ボランチのポジションはまず最初にボールにアタックに出る事ができるからだ。
森脇選手がボランチのポジションに入る事で得る最大のメリットはここ。それまでは柏木選手1人で対応しなければならなかったところを、森脇選手がポジション移動することで、2人で対応できるようになったのである。
浦和レッズは、ボールを保持することで、試合をコントロールすることを目指している。
それを実践する為には、まずはカウンターを受けないこと。そして相手から素早くボールを奪い返すことができるかどうかが大きなポイントとなる。
今シーズンの浦和レッズは、森脇選手がボランチに移動することで、このポイントをカバーしようとしている。