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ジェフユナイテッド千葉の10番を背負ってきた名選手5人

2016 8/13 15:01
サッカーボールⒸShutterstock.com
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Photo by Evgenii Matrosov/Shutterstock.com

ジェフユナイテッド千葉ではこれまで世界的な名選手をはじめ、数多くのスター選手が背番号10をつけプレーしてきた。
ジェフの歴史を振り返る上でチェックしておきたい10番を背負ってきた代表的な選手5人を紹介する。

Jリーグ創世記唯一のワールドカップウィナー、リトバルスキー

Jリーグ開幕直後は世界中から数多くのワールドクラスのスター選手が来日した。しかし、その中でワールドカップ優勝経験があったのはリトバルスキーだけ。当時のJリーグは固定番号制ではなかったが、主に10番を背負ってプレーした。
西ドイツ代表では背番号7番をつけ、攻撃に変化をつける小柄なドリブラーという印象だったが、ジェフユナイテッド市原(当時のチーム名)で10番を背負ったリトバルスキーは、ドリブルだけでなく、そこからのパスでゲームを組み立て、またフリーキックでゴールも狙えるという攻撃の万能選手。コーナーキックから直接ゴールを決めるなど、さすがワールドカップウィナーだと誰もが驚くプレーを数多く見せてくれた。

左足の魔法使い、マスロバル

Jリーグが固定番号制になったのは1997年から。そしてそのシーズンから背番号10番を背負うことになったのは、ユーゴスラビア(現在はセルビア)の名門レッドスターから加入したマスロバルだった。
マスロバルのプレーは東欧のブラジルと呼ばれたユーゴスラビアの10番そのもの。使うのは左足だけ。敵も味方も左足しか使わないのはわかっている。しかし、ピッチの中央でドンと構え抜群のボールキープ力を発揮するマスロバルの左足から繰り出される創造性あふれるパスは、わかっていても止められない。魔法のような左足を持った選手だった。
またもう一つ特筆すべきは、その左足からのフリーキック。美しい弧を描きながらネットに吸い込まれるフリーキックは、Jリーグ歴代最高レベルの技だった。

0トップ型フォワードの先駆け、マリオ・ハース

ジェフユナイテッド千葉の黄金期といえば、後に日本代表監督となるイビチャ・オシム氏が率いた時期だろう。そのオシム氏が呼び寄せたのが、かつてオーストリアで共に戦ったマリオ・ハースだった。
所属した2シーズンでリーグ戦での得点は11。少し物足りない数字かもしれない。しかし、ハースが最も力を発揮したのはゲームの組み立て。最初は最前線に位置するものの、そこから少し下がってボールを受けると確実にボールをキープ。そして一気に追い越していく味方にパスを出すという攻撃は圧巻だった。
当時はまだそういう言葉はあまり一般的ではなかったが、今で言う0トップタイプの選手だった。 この時期、巻誠一郎がゴールを量産するが、ハースのプレーが巻のプレーを助けていた事は間違いない。

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