ベルマーレ平塚時代の背番号10といえば
湘南ベルマーレがベルマーレ平塚だった1997~98年の2年間に、10番を背負ったのは呂比須ワグナーだ。ブラジル出身の呂比須は1997年にベルマーレに移籍し、日本国籍を取得。その10日後に1998年ワールドカップの日本代表に選ばれ、アジア予選と本大会に出場した。
ベルマーレでは2年連続でチーム内得点王に輝き、能力の高さを示した。その後、グランパスへ移籍。能力もさることながら、日本人になりたいと強く願って活躍してきた彼の姿は、今もベルマーレファンの心に残っている。
え?サッカー選手だったの?という人もいるかもしれない
もしかすると、最近の若い人たちは前園真聖がJリーガーだったことを知らないかもしれない。しかし、2000年にベルマーレで10を背負っていた選手は前園だ。
海外でのプレーを目指してブラジルやポルトガルなどに行ったが、目立った活躍が出来ないまま、当時の監督・加藤久に乞われてベルマーレに移籍し、1年だけプレーした。J2に降格してしまい、J1へ再昇格する切り札として期待され11得点をあげるが、チームは8位。チームに好結果をもたらすことはできなかったのだが、間違いなく名選手といえる選手の一人だ。
コロンビア代表にもなった名選手
2001年にベルマーレに移籍したガビリアは、コロンビア代表でも通算40試合に出場した名選手だ。
当初はガビリアではなく別の選手を獲得する予定だったのだが、目当ての選手がW杯予選などで忙しかったため、カビリアを獲得することにした。しかし、コロンビアのサッカーはどちらかといえばゆっくりしたペースで進むため、Jリーグのスピードに適応することに時間がかかった。
結局ベルマーレは1シーズンだけ在籍し、通算23試合に出場。その後本国へ帰り、古巣のデポルティーボ・カリへ復帰。だが、プレー中の落雷により32歳の若さで息を引き取った。それを受けたベルマーレの選手は、近々の試合に喪章を付けて出場し、別日の試合では黙祷を行った。時間を経ても名選手として語り継がれている。
みんなに愛された選手
ベルマーレの歴代背番号10の中で、サポーターにも選手にも愛されたのは、アジエル・アモリムだろう。日本語が話せないのに「日本語ぺらぺら」と冗談を言ったり、女性の前では赤面してしまうなど、ひょうきんなキャラクターが愛されたようだ。
2006年から2011年まで在籍し、186試合で48得点と、実力でもしっかりと結果を残している。J1昇格を果たした2010年には疲労骨折してしまったため、J1ではほとんど活躍出来なかった。しかし、退団後の空港見送りに数多くのサポーターとチームメイトが駆け付けたことから、彼の人気の高さと人柄の良さがうかがえる。
湘南の至宝が背負う10番
2012年から現在まで、長く背番号10を背負っているのは、「湘南の至宝」とも評される菊池大介だ。
菊池は高校入学間もない頃にJリーグデビューし、翌年にはゴールを決め、どちらも最年少記録を作った。J2時代は当時の監督の期待に答えられず、至宝にはあるまじき他チームへの期限付き移籍を経験。そこで泥臭くプレーした結果、湘南に帰還して監督の評価を勝ち取り、スタメンの座を手にした。
以降、安定したプレーでコンスタントに試合に出場するとともに、サポーターにも愛される存在となった。ベルマーレユース出身の彼の成長は、チームにとっても地元サポーターにとっても大きな成果と言える。