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帰ってきた甲府の至宝、ヴァンフォーレ甲府 堀米勇輝

2017 6/28 18:44Aki
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才能の開花と石丸監督との出会い

なかなかプレー機会をつかめない堀米選手に対してクラブは期限付き移籍を用意する。2013年シーズン途中からはロアッソ熊本、そして2014年シーズンは1年を通じて愛媛FCでプレーする事となった。

この2クラブで出場機会を得た堀米選手は躍動する。特に愛媛FCでプレーした2014年にはシャドーストライカーのポジションで大活躍を見せた。
ボールを持って切れ味鋭く果敢に仕掛けていくドリブルは、2011年に同じく愛媛FCでブレイクし、その後日本代表にも選ばれるようになった現横浜F・マリノスの齋藤学選手にも例えられるほど。この時の愛媛FCを率いていたのが後に京都サンガの監督となる石丸清隆監督だった。
ヴァンフォーレ甲府と愛媛FCではチームの置かれている立場が違うので当然なのだが、愛媛FCでは堀米選手の特徴であるドリブルやパスなどを活かしやすいチームづくりとなっていたため、その能力がプロの舞台でもついに開花したと思わせるシーズンだった。

ヴァンフォーレ甲府からの移籍

2015年は城福監督が退任した事もあり、クラブは愛媛FCでブレイクした堀米選手を呼び戻す事を決断する。しかし新監督として迎えられた樋口靖洋氏が取り入れようとした戦術は全く浸透せずに開幕から低迷。獲得した外国人選手もほとんど機能しなかった事で5月に監督を交代せざるを得ない状況となった。
そしてこの監督交代により、戦い方をその前年までの堅守速攻スタイルに戻した為、やはり堀米選手は出場期間を減らすことになった。

翌2016年シーズン開幕を前にした2015年12月24日、堀米選手は大きな決断をする。
その内容は京都サンガへの完全移籍。京都サンガに愛媛FCでの恩師である石丸監督が就任し、石丸監督が堀米選手の獲得を熱望した事に応えたのだ。
そしてこれは、これまでの様なヴァンフォーレ甲府に籍を残した期限付き移籍ではなく完全移籍だった。 ヴァンフォーレ甲府は契約延長のオファーを出しており、堀米選手にとってもヴァンフォーレ甲府は子供の頃からサポーターだったチームだ。しかし世代別代表で共にプレーした宇佐美選手や杉本選手、柴崎選手がそれぞれのチームで活躍する中、チームで主力になりきれないという状況がこの大きな決断を下す事となった。

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